桃花舞台

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zoom RSS 「舞台」の鴉、舞台の「鴉」。

<<   作成日時 : 2010/11/13 17:12   >>

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画像「例えどんな姿になろうとも俺たちはあんたにずっと…
ずっと、生きていて欲しいんだ」
とあるお芝居。
落ちてゆく相手の背中に手を振って、
思わず子供のように両手を振ってその姿を見送ってその旅鴉、
いや、その役者は目に涙を浮かべてそう呟きました。
…のを、私、私は観たんだー…。

それは男同士のぎりぎりの情。
親分子分の間柄を越え、
いわば「人間」と「人間」のナカミのぶつかり合い、せめぎ合い。

姿身なりがどんなものになっても、「同志」だからこそ。
ずっとずっとお互いを知り合っている、
長い間長い間ずっと一緒に居た2人だからこそ。
他の誰かじゃなくて、俺とあんた、あんたと俺。

だから苦しい。
だから、でも、思いがかさなり思いが余る、
余り余って、ああ、でも相手にかける言葉かけてやる情は、相手を思うとこんなことしか出来ない。
でもそれは相手の気持ちをプライドをナカミを大事に思うからこそ。
相手は落ちてはいてもかつてのあの時代と同じく「ナカミ」は変わっていない、
俺の信じ着いていった格好いいあんただ。落ちてもなおあんたはあんただ。
ならせめてこうすることしか出来ない。

そうすることで自分の中に余った思いは抑えきれずに動作に言葉に出る。

だから両手を振ってその姿を見送って、見えなくなってから、「生きていてほしいんだ」。

…深読みし過ぎかなぁー。笑

あれね、あの舞台に立って、手を振ってしまったのははたして旅鴉なんだろうか?

それとも…役者自身なんだろうか?

観ていて私、ふと、そんなことを思ったのですよ。

あれ、意識的にやった演技なんだろうか。
それとも、思い余って無意識に出てしまった手なんだろうか。

…わかりまへん。

あれほどの役者、
ちょっと落ちてしまったとは言えどもあれほどの役者ですよ、
ああ、うん、そりゃあ計算して演じているはず、うん、そうに違いない。

けれど、
けれど、あれはね、
私には、ほんまにただ意識的にしたただの演技…だけではないようにも見えたのです。
(日本語の曖昧表現をフルに活用しておりますが。笑)

だって、その目には涙。

うん、間違いなく涙が浮かんでいた。

…のを私、私は見逃してないんだー…。

目が眩んでいたり、過剰に感情移入して観たのでもないよ。
残念、だって私はコンジョワルの冷め人間、客であって客ではない、私、桃。(笑!)

あの涙は、何だったんだろうなぁ。

ふとそんなことを感じ、考えます。が、ああ、わっかんない。

でもあれ、
1人の旅鴉の役を通して「人」が、自分が、
いや、鴉のように旅する役者、
1人の役者として生きていた自分というもの、
そんな何かが溢れ、滲み、そうして溢れた思いがあの芝居、あの両手に滲んでいた

…のではないか。

…なぁんて、うん、あくまで私の思いこみ、深読みのような気もするのですが。笑

でもね、私、あの「両手」が、その芝居が、「ああ、いいな」って思ってしまったのです。

いいなぁと思ったと同時に「うわぁ」って鳥肌が立ってしまったのです。

その姿は、人間臭くて、どーーしようもなく臭くて、でっかく見えるのにとてもとてもちっこくて。

だから、ああ、「格好いいなぁ」って。

自分では、自分でもきっとどうしたらいいかわからない自分の中のもの、ナカミ・キモチ。

「プライド」と一言で言っちゃうととても簡単で軽いものにきこえてしまうけど、
それはたぶん「私」が「私」であるために、いや「私」を「私」にしているもの。

ああ、人ってどうしようもない。
自己愛とエゴイズム、権力欲と金銭欲と上昇欲…あーぁ、それにとらわれ、がんじがらめになって泥まみれ。
(そんなんがあほほど見え隠れ、いや見えに見えてくる世界!大衆演劇という世界!笑)

でも…生きていかなくてはならないんだよね。

「傲慢で昂然としていることと細心で傷つきやすいことは決して矛盾しない」

とは、好きな作家さんが著作で書いていて「お。」と思ったフレーズですが。

「誰と居ても1人ぼっち、唇噛みしめる時にはまたここにきて同じ空を何も言わず見上げよう」

あ、これはまたまた平井堅ですが。笑

でもだからね、
そんなのを観てしまい、気付いた(気のした)私は、
そんな桃も舞台上のその人と同じく、その台詞を言った当のその人に

「ずっとずっと、“舞台”で生きていて欲しいんだ」って、言いたいんだー…。

わはは、いや、でもニヤリ。

体も、気持ちも、しんどいかもしれへんけど、いや、しんどいやろうけれどさ、

でも、

「俺はあんたに“舞台で”生きていて欲しいんだ」。

あの芝居で、あの姿あの演技を見せたあんただから、あんたに。
その旅鴉に、その旅鴉から見えたそのひとに。
そのひとが象徴するような気のする「大衆演劇」に、いや…「人間」ってやつに。

「私」らしく、ぎりぎりの、最後まで「私」らしく、ぎりぎりに格好良く、
めちゃめちゃ苦しくも、でも、それでも楽しいのであろう

“舞台”に。

だってその姿は、ああ、「格好いい」のだもの。
そんな姿にああ私はとても「大衆演劇」…「人間」を感じるのだもの。

…傲慢?

…所詮、「気がしただけ」?

そうだよなぁ、そうかもなぁ、くぅ、ちくしょう。

だって私は舞台上のそんな旅鴉(たち)、
いや役者、ああ、どっちだ、ううん、これらは「=(イコール)」だ…に比べて
悔しいほどに幼くバカく(若く)情けないほどナカミ青い。

でもその涙に、芝居に、いや舞台に立つ姿に私は何かを感じてしまった。
あーぁ、いやぁーん、感じやすい私(笑)は、確かに感じちゃった。
気付いちゃった、見つけちゃった、気になっちゃった私、

私、桃ですもの。

…うひゃー!なんて傲慢!「ごーまんかましてよかですか?」(※小林よしのり。笑)や!
せやけど今じゃ何の説得力もねぇー!笑

でも、それでも、「ずっとずっと生きていて欲しいんだ」。

皆のために、いや、それよりなにより、自分自身のために。

そんな私、私たち…いや人間、ちっぽけで愚かな人間をカラスのヤツぁ笑ってやがる…かもしれませんね。

って、うひゃあ、キザ?

…ちぇ〜。でも好きやねんもん。

言葉にならない思いだけ強く手を握ろう…ではなく、振ろう、いっぱい振ろう。

近づいたり、遠ざかったりしながら、客席の片隅で、その思いを受け取りながら。

でもくれぐれもお〜手やわらかに、お手やわらかに、旅鴉よ、あなたは、そして、私も。笑

え?桃、なんだか楽しそうって?

アホ!しんどいわ!笑

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「お〜手やわらかに♪」は夏木マリのそれほどスレていない頃の名曲。これ。アホすぎてかわゆすぎてラブ。笑

ちなみにこの記事は この記事 の別角度からバージョン、いやもひとつの役からバージョン。演じたのは同じ役者だけどね!…って、あれぇ?!笑
よろしければ あの記事 とか この記事 と合わせてお読みいただければ。…ってそんな暇じゃないですよね。では是非…お暇な折に。笑



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