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zoom RSS まるで、やはり、無法松-紅あきら、なう-

<<   作成日時 : 2013/08/13 19:25   >>

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≪紅さん≠ヘ無法松≠フようだ≫
十八番狂言『無法松の一生』を初めて観た時思ったその気持ちは
今、改めて、更に、強くなっています。
紅さん=Aそれは「同魂会 会長」、
そして今は「紅劇団 責任者」という肩書きになった「紅あきら」さん。
無法松=Aそれはかの有名な富島松五郎(『無法松の一生』)…松っちゃん=I

ワシが初めて紅さん≠最初に観たのは2006年、ちょうど座長を降りる月でした。
ワシは笑い過ぎて涙しました、「なんでこの人はこんなにカッコつけれるのだろう」。
客観的に観ていると笑けるくらいカッコつけている、つききっている。
カッコイイを絵に描いてそれを体現しているかのような舞台姿に
「カッコイイ! カッコイイ!」と涙流して大笑いし、泣くほど嬉しがって喜びました。

そう、紅さんはカッコイイを追い続ける求道者。まっすぐ!で、一本気!
それは≪黒い鴉も親分が言えば白!≫くらいのまっすぐな美学、哲学、己のポリシー。
そう、語弊があるかもしれないが、例えるなら任侠の世界に通じるような…。

そんな紅さん≠ヘそれゆえ、芝居でもまっすぐに生きる男を演じるのを好む気がします。

例えば仁を重んじ義に生きる任侠の世界の常さん、吉良常こと太田常吉
(『人生劇場』(※この劇団で言う『吉良常』『ひしゃかく』))だったり、
好きな女の為己の幸せは犠牲にし背中で堪え愛する男と沿わせてやる甚太郎(『佐渡情話』)だったり、
赤城山で涙ひとつ流さず矜持を持って最期を決める国定忠治(『名月赤城山』)だったり、
そして、逢いたい見たい、やっと出会えた母に会えたのに決して名乗りを上げずお縄につく時次郎だったり(『もどり橋』)、
いわゆる男の中の男、理想の男、人間離れしたほど「カッコイイ」男、みたいなね。

彼らと比べて、無法松は一見、カッコいいスーパースターではない、泥臭い、人間臭い。
武骨で一本気で口より先に手が出て喧嘩ばっかりしてきた松っちゃん≠ヘ
生まれて初めての恋で吉岡未亡人に惚れその息子である敏夫を愛し、
酒も喧嘩もやめて2人に尽くし、己の気持ちは最後まで打ち明けずに老いて死んでゆく。
なんて不器用な男。とことん人間臭く、とことん、泥臭い。 
けれど、松っちゃん≠ヘ泥臭くて人間臭いけれど、
本質的には吉良常さんや甚太郎と同じ、純で、心のまっすぐな、「カッコいい」男だ。

そしてその「一本気」さはワシには紅さん≠サのものの姿とかぶる。
いや、女がどうとかそういう話じゃなく、その「一本気」さが、紅さん≠フ姿そのものに…。

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カッコつけ、いや、きっと己で己を保つため保ってきた矜持ある美学がある。
反骨心とプライドで己の独特独自の俺だけのブランドを創り上げ、
ずっと「かくあるべき(カッコイイ)自分」を保ち続け追い続けようと戦ってきた。
その一本気は色が濃過ぎて極端過ぎて、時に人に誤解や偏見を与える。
特に身近に居る人には窮屈だったり極端だったりするかもしれない。
あまりに強い「我」故に相手と弾き合うこともあるかもしれない。

しかし松っちゃん≠ヘ張った意地や≪かくありたい己≫を引く事は出来ない、
そんな小器用な事は出来ない、なぜなら「俺」は「俺」だから。
そんな松っちゃん≠ヘ、いや、紅さん≠ヘ、カッコ良すぎて、厄介だ。
でもカッコよすぎて、カッコよすぎるから人間臭く、
カッコいいのにどうしようもなく泥臭くて、途方もなく人間臭くて……憎めない。

そんな紅さん≠ヘこれからどうなってゆくのだろう。

今、やむにやまれぬ事情で、今また、劇団の一番上に立つことになった紅さん=B
松五郎の最期は悲しかった、けれどもこれからの紅さん≠ヘ
途方もない意地と矜持で、我々により色濃いもの見せてくれるのではないか。
若い頃とは違い体力や年齢というゲンジツと戦いながらも、≪格好いい俺≫を貫き通し、
例え色んな事がしんどくても、気を張り続けて。
なぜなら彼は九州の松っちゃん≠セから いや、彼こそ博多の紅さん≠セから。

きっと心的にもまだ余裕が無かったであろう先月松山での無法松芝居、
そしてちょっと、ちょっとだけは落ち着いた?!今月奈良での無法松芝居を観ながら、
ワシはそんな事を考えてました。
先月思わず「無法松が存在したらこんな人だったんだろうと思います!」つったのを覚えていてくれはったのか、
今月無法松後「どうやった?!」と
あの大人やのに少年のままみたいなキラキラの笑顔で訊いてくれはった紅さん≠観て。
そして後に「今月の方が良かった? いや、俺は先月の方が気持ちが入った。
あんたはまだまだ観る目があれへん」とピシャンッと言われて(笑&スミマセン)
うん、その笑顔とその矜持に触れて、ね。


■omake■
過去の無法松記事はコチラとコチラ
無法松≠ェ好きな訳 -大衆演劇における『無法松の一生』- 】(2013年2月)
紅・無法松 -『無法松の一生』-】(2012年8月)


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写真は先月松山劇場、そして今月やまと座での舞踊舞台。
上から『昭和残照』、『イチブトゼンブ』〜『ろくなもんじゃねぇ』、『奥飛騨慕情』、『銃爪』!

怖い。カッコイイ。厄介。面倒くさい。けれど、やはり、この人は大衆演劇の歴史に残る役者さんのひとり。
ワシは本当にそう思うのです。

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