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zoom RSS その舞台は自分自身 -「フリー」の役者さんにみる大衆演劇の魅力-

<<   作成日時 : 2014/07/01 18:54   >>

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大衆演劇にはフリーで活動する役者さんが居ます。
最初、ワシにはその存在が不思議でした。
ほとんどの大衆演劇の劇団は家族や身内が中心。
たいていの場合父から子へポジション(座長職)が継がれ、
彼を中心にして家族や身内が舞台と裏で支え、成り立っている。
そんな中にたまに居る・・・あきらかに顔も雰囲気も違う人が。
なぜか座員やないのに数日〜一カ月ずっとゲストで居たり、
なのに次の月は別の劇団に居たり。
彼ら彼女らはかなりの個性と雰囲気を自ら思いっきり醸しだし、
敢えて自ら「浮いて」「目立って」いるようにすら見える事が多い。
誰?! 何?! なぜフリー? なぜ、敢えてその形を?

近年、大衆演劇にはフリーの役者さんが増えました。
ワシが観初めて居た頃は謎の存在、
当時仲良くして頂いたフリー役者さん曰くの
「劇団にはあまり歓迎されない事も多いよ。たぶんね。」
と云う事も減っているように見えます。
近年のフリーさんは例えば元●●劇団の座長だった人や身内だった人やと云う
出所のハッキリした人も多く、
もう既に沢山の自分のお客さん(ファン)ありきでフリーとなる人も多いようですが、
けれど、では、でも、なぜフリーになったかは我々客席には絶対にわからない、
本人と、ごく近い人にしかわかりません。

皆、訳あって、フリー。
この「家族」「身内」中心の世界で、敢えてその形を選んだ人々。
いや、たぶん、譲れないものやプライド故、その形でしか生きられない人々?
役者さんという業の深き人間の、更に深き人かもしれない。
なぜならフリーの人はたいてい巧い。
そりゃそうだ、その実力があるからフリーで生きていけている。
フリーやからこそ自由に立ち回れて好きな事が出来る。
でもフリーやからこそ劇団という後ろ盾なくひとりやからこそ
ひとつひとつの舞台を必死のパッチにやり自分を客席に印象付けあかん。
だからフリーの人たちは皆、ただ「巧い」という一言では済まないような
もはや≪業(ごう)≫とでも言いたいほどの
主張と個性溢れる舞台を見せる人が多い気がする。
その芸は、巧いけど、巧いねんけど、業と主張が溢れすぎて尖がり過ぎていたり、
時に嫌味だったり自分自分すぎたりするように見えもして、
もしかしたら本当の意味で「巧い」とは言えないかもしれない、
けど強烈すぎるほど強烈で、絶対に忘れない、忘れさせてくれない。

そう、大衆演劇という世界は舞台=生活、綺麗やけれど綺麗事でない生活。
食うてゆかなあかん、御家族持ちの方は食わせてゆかなあかん。
舞台は自分の芸、己自身を商として食うてゆく、生きてゆく“戦場”。
それはフリーの役者さん達もそう、
そして、フリーではなく劇団に所属する役者さん達もそう。
大衆演劇の役者さんの舞台は生き様、人生、「私」そのもの。

―この舞台は自分自身だ、舞台で己を見せる事は仕事であり毎日であり人生だ―

同じく近年フリーと云う形をとり「書く」と云う事を生業にしているワシはつい、
個性と主張滲むフリーの役者さん達に勝手に肩入れし、その濃い芸を好む事が多いです。
けれど別にフリーが偉いと云う訳ではない、フリーが凄いという訳ではない。
その強烈な個性ゆえにフリーの役者さんは「巧い」ともてはやされる事が多いけれど、
むしろ人と合わせられず、合わせるよりも貫きたい事や譲れないものがある彼ら彼女らは
もしかしたら他の一般的な役者さんよりも傲慢かもしれない、
己でも己の血をもてあますほどに傲慢なのかもしれない。
そんなフリーの役者さん達はもしかしたら受け入れる劇団さんにも
尊敬はされながら羨ましがりはされながらもどこか良い意識も悪い意識もされているかもしれない。

けれどフリーの役者さん達はその主張激しい舞台から教えてくれる。
大衆演劇、この舞台は生活であり、人生であり、生き様なのだと。
ボランティアじゃない、趣味じゃない、ただの自己表現じゃない、
己を見せて、お金を手にして、食うて生きてゆく事なんだと。
そういった意味でワシは彼ら彼女ら大衆演劇のフリーの役者さんに魅了されます。
いや、フリーの役者さん「にも」魅了されます。
生き様見せて見せつけてくれる大衆演劇の役者さんに魅了されて魅了されてなりません。




■omake〜その@〜■
と、云う魅力をこの芝居という切り口から書いてみたのはちょっと懐かしのこの記事。
【虚実 -『花街の母』@ワシと大衆演劇-】

■omake〜そのA〜■
で、次、先々月(5月)観た素敵なフリー役者さん記事2つ続けます。
ああ、先々月って! ネタたまりすぎて。はよ、ちゃんと、書きたくてヤキモキヤキモキ!
ぼちぼちいきますので。ぼちぼちお付き合い下さいね。

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