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zoom RSS 羅生門には鬼(ファントム)が居る―【そのA・私】

<<   作成日時 : 2015/04/02 23:09   >>

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きっかけは1本の電話でした。
一人の役者をこう例えたら
御本人から「君を探したんですよ、ずっと」
「【怪人(ファントム)】…あの表現(この記事)がね」!
昔の話や芝居の話を1時間語った後、
怪人は「誘い」をくれました。
この世の最後に、嘘、機会があって小劇場のちいさなハコで自身の公演をするのだと。
今は小劇場の世界で活動するお弟子さんの元でひとり芝居と舞踊1本。
そして向こう側からたっぷりと「僕の『羅生門』は御覧になりました?」
(※神原組プロデュース 美影組ワンナイトライブ@座・九条・3/22 舞踊『羅生門』&芝居『流れるままに』)

思えばワシは羅生門に縁があります。
高校入学間もなしの頃宿題が出た。
芥川龍之介の『羅生門』の結末、あの結末の後、「下人」がどうなったか創作しろと。
わかるかそんなもん。でも面白がって書いた。
数日後音楽室の廊下でエレキベースばりばり弾いてたら古典のセンセが飛んできた。
「君!君やね!羅生門のナカムラさん!あれ。めちゃくちゃいい。あれはね。本当にいい!」
新聞に勝手に載せられ卒業までの3年間ずっと「羅生門のナカムラさん」と呼ばれました。
書いてる時は意味わかってなかったしなぜ褒められたのかも解らなかった。
でもそこから羅生門と芥川に親しみが湧いた、
いや、元々、何か感じるところがあったのかもしれません。
子供の頃テレビ人形劇『蜘蛛の糸』を観て思ってた「お釈迦様ってめっちゃ残酷やなー」。
映画の三船敏郎と京マチコの『羅生門』にも異様に惹かれた、特に志村喬をジッと見た。
すると坂本冬美が出した、ワシが大衆演劇を観出して半年か1年経った頃、新曲『羅生門』。
聴いて思った、「え?」「全然羅生門じゃない!」。
後から知ったことだが、
この曲は芥川の羅生門やなく渡辺綱の鬼退治の羅生門から着想して作られたらしい。
でもワシにとっては羅生門は芥川。自分が縁あったからやない。強烈なのです。
生きるってなんや。訳のわからん見えるような見えないような先。なんやあれ。あの物語。

なのに大衆演劇の『羅生門』はただただ勇壮でただカッコイイ。
きっとあの壮大なメロディーと女が歌う男歌ゆえの男っぽい歌詞のイメージからか。
皆意気揚々と自信満々に鬼退治。カッコよくキメる、勇壮に舞う、そして、きゃーきゃー。
あんなん、羅生門じゃない、羅生門ってそうじゃァない、ないはずや。
しかも、大衆演劇や、大衆演劇の羅生門は、それは突き詰めたらただカッコイイ綺麗だけやないやろう。
初めて観た時から感じた、派手で美しくカッコイイその世界の中の、
でも、どこか、切なさや寂しさややるせなさどうしようもなさ。
バイタリティの中の虚無、虚無の中のバイタリティ。
なぜか、どこか、そんな、つまり、ほんまに「人間」な世界、
そこ、そこでの本当の『羅生門』を観てみたい。
出会えるか、出会えないんやろうか、もしかしたらワシずっと探していたのかもしれません。

出てきた【怪人(ファントム)】の『羅生門』はボロッボロでぎらっぎらでした。
勇壮なイントロにオリジナル演出で生の琵琶演奏が加わり
血のついたぼろぼろの着物着た年寄りがボロ傘で転がり出てきた。
「カッコイイ」なんて軽さとは無縁、けれどひたすらにギラギラ
鬼はずっとワシを見てた、ワシは笑顔だった、「これが羅生門や」
ぎらぎら観てたら、闘う男は突然叫んだ、こちらをまっすぐ見て「光が、見えたァァ!」
嗚呼。見えるんだ!
ぼろぼろでそんな白くなっても、ならなきゃ、なったら。
そんなに闘って闘い続けたら見えるんだ、見えるに違いない。
嗚呼、なんて眩しいんだ。嗚呼、羅生門には鬼が居る、「私」の中には鬼が居る。
勢いだけで楽しく書いてた「羅生門のナカムラさん」はあれから職業作家になりました。
芥川賞獲るような書店に本が並ぶような作家にはまだ遠いけれど、
嗚呼、毎日は羅生門、人生めっちゃ羅生門。
先に羅生門の下を行くファントムはそんな「私」をまるでそっちへもっともっとと誘うかのよう。
こっちにおいでよ鬼さんこちら、もっと奥まで、嗚呼地獄まで、一緒に通りゃんせ参りゃんせ。
「本当の、本物の羅生門でした」「そう言わせたかった」
嗚呼、羅生門の下には鬼(ファントム)が居る。
「貴方に見せたかったんだ。貴方に見せたいからこの曲を踊ったんだ」
「私」の中には鬼が居る。

大人になってから知りました。
芥川の羅生門の最後の最後の一文は元々今のあの文じゃなかったらしい。
その一文違いで結末は今のものとは全然違うものだったらしい。
え?「羅生門のナカムラさん」はどんな一文どんな結末を書いたかって?
ワシが書いた結末は芥川が書き直した前のものとも後の今のものとも違います。
それは【怪人(ファントム)】にも話していない。うん、また、いつか。いや、たぶん誰にも話しません。

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