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zoom RSS 『花かんざし』、男(人間)の心-劇団昴星の『花かんざし』から-

<<   作成日時 : 2015/04/10 09:54   >>

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『花かんざし』のテーマって何なんやろう。
簡単に言うと恋に破れた、いや、自ら破った男の切なさか。
それをテーマにシンプルに見せるのもいい、そういうのもある、いい。
けれどこの劇団のこの人はそれ以上の感じさせてくれたような気がしました。
主人公は恋に破れて傷心で、だけやなく、
自分のちいささ弱さを感じ、悟り、諦め、
心の罪を償おうと暗い道を肩落としながらも決めてまっすぐ去ってゆく。
自分がプレゼントしたそれではなく、
同じ、色違いの、誰あろう弟分が買ったそれ…
花かんざしを愛した女の髪に挿し、二人の幸せを願いながら、自分の寂しい花道を。
ラスト、ちいささ噛み締め花道を去る男、かかるBGMは『雨に咲く花』、ドキリ。

大衆演劇の芝居でスタンダードの内1本、『花かんざし』。
目の見えない娘(姉は旅の道中悪人に殺され金を奪われる)を連れ帰る男(顔に傷あり)。
共に暮らし治療させる内に情が移り気付けば好きになっていた。
男には弟分が居て、ここで芝居的要素、弟分に娘の前でオシ(口がきけない)振りをさせる。
娘に顔を触らせて欲しいと懇願されて、顔に傷があるから、触らせて嫌われたくない、
だから弟分の顔を自分の顔として触らせる、その際、「黙っとけ」と。
どうしても喋らなければならない時は「うう」「ああ」とオシの振りをしろと。
そうして奇妙な関係が出来、娘は弟分のことを「オシのおじさん」と呼ぶ。
そんなオシのおじさんは、オシじゃないけど、オシの振りをするのが嫌になった、
なぜなら、彼も兄貴と同じように、彼女を好きになっていたから、そして、奇妙だが本気の三角関係の果てに…
ドラマチックで切ない、シンプルな話だが心の内が見える描かれるドラマ。
好きな人も多いのではないでしょうか、観比べたりするのも面白い芝居やないでしょうか。

かく云うワシもこの芝居を「顔に傷有りもの」、
「コンプレックスからの内面精神による悲劇や喜劇芝居」のひとつと感じ、
大衆演劇役者さんのナカミを考える上で凄く大きなポイントやないかと思って
興味を持っています(『喧嘩家五郎兵衛』、『留八しぐれ』、最近またマイブームの芥川の『鼻』的な←はいはい。笑)。

だからでしょうか。

先日観た、「劇団昴星」、大和みずほ座長(前記事参照)の『花かんざし』にはかなり唸りました。

まず序幕。
出て来たみずほ座長演じる男は、決して、まるまる「善人」には見えなかった。
顔にも傷、そして、それ故?、生きるためにいろんなことしてきた悪人のように見えた。
持病の癪に苦しみ妹に水を汲みに行ってもらっている間、
姉が悪人(大和一也さん)に刺され、金を奪われる、そこに通りかかる。
登場。ぬらりと現れた彼に悪人は舌打ち混じりに去る。
妹帰ってくる。変わりはてた姉を見て「姉さん!姉さん!」。
そこで。みずほ座長演じる男はハッとする。
ハッとして。言葉は発さず手を合わせる「ごめん!ごめん!」とでも言うように。そこで幕。…わ、掴まれた!

連れ帰り、目が見えるようになるよう医者に診せる。情が移る。
娘は言う、「顔を触らせて欲しい」なぜか「心の綺麗な人は顔も綺麗だって姉さんが」。
この時ドキッとしたワシ、そして男。
だから男は弟分に頼む、代わりに触らすよう、そして、オシの振りまでさせる。
好きだから、嫌われたくないから、という、ええ格好したい心、それはエゴだ。
心の底から好きだ、大事だ、だから、嫌われたくない、この顔を知られたくない、まっすぐな純粋な気持ち、
でも、それはエゴだ。他人まで利用する。そしてその他人は…あろうことか好きになってしまう…同じ、娘を。

男はね、純粋やけどエゴから、2つ罪をおかしたんだと思うのです。
生きる為に悪人同様のことをした、殺してはいないけれど同じようなもの。
その妹に惚れた。けれど、好きだから嫌われたくて、他人を利用したんだ、まっすぐな心から。

そして男は去りました。
恋に破れて?いや、自ら破って。うん。それもある。
ただ娘が好きだったという純粋な心もある、
けれど自分のちいささ弱さ…エゴという「醜さ」が
大好きな彼女のほんまのうつくしさに合わぬと思って
無垢なその心を穢すようにすら思って去ったんやないやろか。
「心の綺麗な人は顔も綺麗」顔につきささるよう。
「わぁ綺麗なお顔ね」その場はしのげたが心に刺さったグサリは消えない。
かんざしを買ってくるのも「喜んで欲しいから」は勿論、ちょっとした罪の意識からかとまで深読みしてしまう。
そのかんざしを弟分が同じ別の色のかんざし。
キレたのは好きだからと同時に心のやましさからもあるんやないか。
大好きなコの目が見えるようになり嬉しい、
けど、己の心の醜さをはっきり見られたような気もして、つきささるのは心の涙雨。
本当に純な気持ちで好きだった。けど恋したからこそは気付かされてた。
自嘲と共に泣き悟って諦めて去ってゆく。 
昴星の『花かんざし』はビター、綺麗な劇団名の綺麗な外題なのにすごくビター、
ラスト、花道を去ってゆく男、みずほ座長、そのBGMは『雨に咲く花』、
歌詞、メロディー、曲名までが「!」、唸りました。

そんな昴星版『花かんざし』を深くしているのはみずほ座長の大きな目。
序幕の幕が閉まる前の「ごめん!ごめんごめん! 」と口に出さずに両手合わせる、
言葉よりも雄弁に語る大きな目。
弟分に「代わりに顔を触らせてやってくれ」とお願いする時の、
男の、なんちゅうのかな、下心的(やりたいって意味じゃないよ)なちいささっていうか、
若い男らしい見栄が見える表情。
最後、暗い道ながらもきっぱり決心して身を引き歩いてゆくその表情、目。
見開いたり、見据えたり、泣きはしないけれど、
グッと強い目は男の気持ちとこの芝居のシンプル以上に深いテーマをはっきり見せてくれるようでした。
役者の家の出やないけど、培ってきた物が「型」となって「目」に出て、
芝居と舞台をより深く説得力あるものに見せているように思いました。
そんな彼とこの劇団の『花かんざし』だからこそラストの『雨に咲く花』、
痺れました、痺れます、ドキリ、ワシは、とても、好きです、好きな芝居の1本が増えました。

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