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zoom RSS 役者とは、或いはつまり人生とは-『流れるままに』-

<<   作成日時 : 2015/04/24 15:52   >>

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画像その芝居には大衆演劇の全てがつまっていたように見えました。
タイトルは『流れるままに』。
意味深。かつ、なんだか哲学的。
だいたいのあらすじというか設定は
公演される何カ月も前に御本人からちらり伺っていた。
けれどその時点では
アホのワシにはそのタイトルと設定は結びついていなかった。
流れる、何が、流れるのだろう。

そして、当日。
正直、ワシのアタマん中は
その前に観た舞踊の『羅生門』でいっぱいでした。
(※以前の記事@ A B
もう完全に喰われてしもたんだもの、
舞台上の鬼に、客席のワシ、まるごと全てアタマも心も。
だからメインディッシュである芝居に、
実は、最初、あまりのめり込めていなかった。
目の前で演じているおじいちゃんは格好ええ。
見た目も拵えのセンスも、演じ方も、
今まで観た大衆演劇の役者さんの中で私的にダントツ
せやけどアタマでっかちのワシはいろいろまだアタマで考えながら観てしもうたのだ。
ひとりの老侠のこれまでの人生の独り語り、
最初は子分に、そして出会った尼僧に、そして、ひとりになって…。
うーん、なかなか話(ストーリー)が前に進まんなぁ、
てか、やっぱりこの劇場、大衆演劇の小屋やなく小劇場の劇場の空気やから落ち着かんなぁ、
客層から醸し出される雰囲気も大衆演劇とはちょっとちゃうなぁ、
照明とかも気になるなぁ、
あ、下ネタ(下ネタやないねんけどな)そない引っ張らんでええのになぁ、
出た、運命の女、いろいろ、いろいろ、で、「抱いたんだけどね」(ここで橋本サンと山根若様とワシ爆笑。笑)、
過去と身体に訳ありの女は、そして、子を宿し、しかし、子は、そして女も、だから(でも)男は、ああ、男は―

気付けばのめり込んでいました。
アタマで観るんやない、
ストーリーがどうやとかこうやとか演じ方がどうやこうやとか、
そんなんを観るんやなく、心、いや、腹が、喰いつく様にその男を見ていました、
男の人生を見ていました、惹きつけられていました。
語られ魅せられるその男の生き様を一緒になって共有して居ました。
最後、刀を“何か”に突き刺すその最後で、はたと我に返りました。

なんなんやろう、あの力。

ワシらの腹(心)を鷲掴みにして、
いや、別に鷲掴みにしてやろうとかそういう色気はなく、
ただその男に成りきり、演じきっているというだけやろうのに、
ワシらの方が自然と自らむんずと掴まれて、持っていかれ、
その≪人生≫にはまってしまう。
その力。

わからない。アタマではわからない。
けれど、思う。
やっぱり、それは、生きてきた道のり、
生きて来たこれまでとそんな自分への自信、いや、誇り、のようなもんやないやろうか。
自分の生き方、血、家族、大事な家族へのおおきなおおきな想い、
その考え方、生き方、全て、全て、舞台にぶつける、舞台から滲み漏れる
舞台=毎日=人生=旅である【大衆演劇】の役者として矜持持って生きて来た、
ワルいこともいいこともさんざその体で経験して来て舞台に立ってきた男の≪人間力≫やないやろか。

―流されてきたんじゃない、流れるまま、生きて来たんだ

そう腹から言える、自信持ってやないが、正直にそう言える人が居て。
今、舞台の上で老侠としてそない言うてる。
それはきっと老いたその役者本人の言葉でもあるんやないか。
役者さんは芸人やない、芝居の役になりきる「役者」、この芝居の老侠になりきっていた。
そんな役者さんにとっては一番嫌な言われ方かもしれんが、それでもワシは思った、
そこに居たのは老侠であり、役者「美影愛」その人であり、
彼の人生がそう言わせ、その人に憑依し、その老侠はその瞬間生きていた。
まだたった10年やねんけど
ワシはこの世界大衆演劇の舞台を見てて思う、
大衆演劇の舞台には《全部》出る、滲む、漏れる、生き様が、貴方(たち)自身が。
これ、たぶん、モノカキ桃の下世話でナナメな観方かもしれんが、
でも、だから、ワシはこの世界とこの世界の芝居に惹かれてきたんだ、ああ、旅役者。
芸は人なりって言葉あるけど、まさに。舞台=生活=人生=旅、
流されるんじゃない、流れるまま、流れることと流れる己を
どこか本気なんだけれども楽しんでいるようでもある、旅、旅役者。

次郎長にも
忠治にも
人斬り(ワシが好きな遊侠三代の重要人物)にも見えて
どれでもあって
でもそのどれでもない
老侠・弥三郎。
そこに居たのはただ一人の男で
ただ、ただただ生きて来た男でした。
九州から関東関西すべてを股にかけてきた
いや流れるままに生きて来た男の人生がその舞台にありました。

でも、その人生、ワシ、なんにも知らない。
この舞台から感じた気はした、けど、知らない、知りたい、人生まるごと体ごとぶつかって。
そない思わされる舞台と人、大衆演劇そのものに思えました。
「タイトルね、『唯我独尊』って付けようと思ったの。天上天下って付けなきゃいいだけでさ?」
ゾクゾクした、もっとゾクゾクしたい、ゾクゾクさせたいっ(笑顔)
この芝居を観て以来、ワシ、大衆演劇が、いや、毎日が、めっちゃいっぱいいっぱいで、楽しいです。



※神原組プロデュース 美影組ワンナイトライブ@座・九条・3/22 舞踊『羅生門』&芝居『流れるままに』

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