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zoom RSS 「いまの自分」と本当の強さ-総座長・紅大介の『防人の詩』-

<<   作成日時 : 2015/05/22 09:42   >>

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「紅大介」が総座長になりました。
総座長というなんだか重々しい字と響きは
正直言ってまだなんだか合わないような、
しっくりこないような、照れ臭いような、不思議なような、私には。
けれど名実共に、この日、2015年5月13日から、「紅劇団」、総座長。
そんな大介総座長は記念の襲名披露大会、夜の部で『防人の詩』を踊りました。

紅大介と云えば袴踊りなんて言われます。
と、聞くと私の中の天邪鬼は
「袴踊りだけじゃない!(他にもいいのある!)」と騒ぎもするのだけれど
確かに彼はハレの大会や「ここぞ!」とい舞台で袴踊りをよく披露されるように思います。
お好きなんかな。
数ある中でも皆から「いい!」と言われている分本人も自信持って披露出来るジャンルなのかな。
気が引き締まって気と身が入るんかな。
確かに袴で踊る彼の「自分スイッチ」が入った(ように見えた瞬間)、私も、他にはない何かを感じる。
「神が憑いた」「凄ぇ。やっぱコイツ、“持ってる”」
この瞬間に出会いたくてこの劇団と彼の舞台を追いかけている人も多いのではないかしら。

『防人の詩』もそんな彼の袴踊りレパートリーの内の1本。
ぶっちゃけ袴で踊る意味(曲の世界観との合わせ)は私にはわかりません。
曲の持つ内容と云うより雰囲気という面で
荘厳さや重々しさが袴っぽいと結び付いたのか。
そういやお父さん(紅あきら同魂会会長)は陣羽織みたいので刀持って踊ってた。
意味は不明だった。けれども有無を言わさぬ気迫と迫力みたいなもので見せ切っていた、
そのパワーに引っ張られ泣いてるお客さんすら見た。
また伯父さん(大川龍昇さん)もガチンコ袴姿で踊っていた、
こちらは有無を言わさぬ気迫と迫力を通り越し
なんかもう御自身にしかわからぬ無我の境地で静かに狂い、
お客さん放ったらかしで静かに静かに踊り狂っていた。
意味はわからん、意味なんて要らないのだとねじ伏せられた。
そして紅大介、大介総座長のこの1本、この日、総座長となった日に持ってきた1本が、この曲。
この日。ホームの博多で。父紅あきらが建てたプライドの劇場「博多新劇座」の桧舞台で。
目を見開いて。無器用なくらいまっすぐに。踊った。

「血だ」
「血だな」
「血なんだなあ」

私にはずっと、
紅大介という人は自分の血をどこかずっと持て余しているように私には見えていました。
家。血。紅という、父が大川という家から反骨心から作り上げブランドにしたそれ。
重い。面倒臭い。しんどい。自分には重い。なぜ自分はここに。
でもやってくる毎日、やってくる毎日の舞台、
やってくる父からのお客さん、劇団のお客さん、自分の代からのお客さん。
どうあがいても逃れられないこの家と血。
どこか「大人になりきれないような」いえ「なることを拒否してそのまま…」が見え隠れしていたような。
クレバーで繊細で、とても人を見ていて、非常に気遣いの人に見える彼は
それを自身でわかっており、でもどうしたらいいのか…
そんなものを、あの時にぶっきらぼうな怒ったような表情と、
でも、自分の中で会心のものを見せられた時の花ひらくような満開の笑顔に見ていました。
(※今回の大会のお芝居『春吉橋恋歌』も山根大若社長(山根演芸社)が
  紅大介のそんなところをアテて書かれたように私には見えました)

そんな紅大介は遂に(この言い方失礼?でも私が思う正直な気持ちはこの一言「遂に」)
2年前、この「博多新劇座」の楽日を終えると同時に、どこか、遠くへ自ら消えた。
今では彼と劇団は本気の冗談のように舞台でネタにしているけれど(笑)
この期間のことは私達にはわからないし言う資格もないと私は思う。
そして昨年9月に復帰。復帰してから、ええ意味で「変わったな」と思えるところと、
ええ意味で「全然変わらへんやん(笑)」なところと感じて、私は今でも笑ってしまうのだけれど、
凄く、いや、ちょっと(?)、いややはり、目には見えないけれど、とても大きくなられたように感じる。
「自分はどう足掻いてもこの家と血から逃れられないんだ」「なら自分は自分でいいんだ」
「紅大介は紅大介なんだ。それでいいんだ」「紅あきらなんぼのもんじゃい」
そんないい意味での爽快な開き直りが舞台に見えるようになった気がして。
それはきっと本当の意味で「守りたいもの」を知り、その存在の大事さからというか、
それらが彼を本当の≪大人≫にし、強く、しっかと立たせたとでも言うような―

そうして「いまの自分」を認め、受け入れたように見える紅大介、
いや、紅大介総座長が、まっすぐに、踊る、袴姿で、『防人の詩』を踊る。

生きる苦しみと老いてゆく悲しみと病いの苦しみと死にゆく悲しみと、

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「いまの自分」と―

総座長というなんだか重々しい字と響きは正直言ってまだなんだか合わないような、
しっくりこないような、不思議なような、いや、「照れ臭い」ような、私には。
けれど「総座長」というこのちょっと重い響きの肩書きが付き、呼ばれ、
紅大介という役者さんはきっと、もっと、無器用にもまっすぐ、守り、戦い、歩んでいかれるのだろうと思います。
認め、向き合い、守り、戦う、強い目を見開いて。

そんな「総座長・紅大介」に心から一言、この言葉を贈りたい。

「おめでとう!」

心から。




■DATE■
5月13日、夜の部。 
「総座長・紅大介 座長・紅秀吉 襲名披露同魂会座長大会」、博多新劇座にて。紅大介総座長。
文中では触れられなかったけど、女形は『淡海節・箱枕』。すごく、よかった。
めちゃくちゃ、もう、めちゃくちゃ難しい曲やと思うのですが、すごく。
入っておられ、そして、胸にきたのか、ほろっと、うるっとされている表情、
純な心がこちらにまで届いたように感じました、とても綺麗でした。

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※さて。次からこの日の出演役者さんについてずらっと書いて参ります。

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