桃花舞台

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zoom RSS 旅役者とは、旅芝居とは-ジジーたちの舞台から-

<<   作成日時 : 2017/03/06 19:26   >>

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ジジーたちが好きだ。
大衆演劇、旅役者のジジーたちが好きだ。
格好いいから、ただ格好いいからだ。

そりゃあ若さは美しい。生の輝きに満ちている。
けれどジジーたちの舞台はどうだ。
ジジーたちは舞台から生き様を飛ばしてくる。
幼い頃から舞台に立ってきてウン十年、
酸いも甘いもワルさも艶めいたことも死にかかったことも殺されかかったこともあるだろう。
そんな時代を己が身ひとつで受け生きてきた。
残り少ない人生を意識してのあがきやもがき。
生老病死、なんともしようがないおおきなもの。
通り超えられない、けれど通り超えた結果到達するのは「我は我」の舞台。
ジジーたちの舞台からは旅役者としての矜持と想いが飛んでくる。
その舞台は私には≪旅芝居≫そのものに見えてくる。

◆今日も笑顔で「チャッチャッチャッ!」
今や猫も杓子も腰をふりふり「チャッチャッチャッ!」(『無条件』)。
けれど初めて観たのはちょいワルジジーの個人舞踊だった。
いつものように客席からリクエストを募りその場で決めた。
この世代だ、舞踊なんて芝居が出来ない役者の救済策≠フようなものだったと聞く。
いい意味で踊りに重きは置いていない、けれどお客様のため。
この年齢だ、「化粧なんてして踊りませんよ!化粧代が勿体ない!」
本当に素顔で出てきた、素顔にスーツ姿だ。
広い京橋羅い舞座の客席からノリノリで出てきた。
決して健康ではない赤黒い顔色で、腰をがんがん振って「チャッチャッチャッ!」。
別に特別踊りが巧い訳ではない、踊りというより蠢きのよう、けれどその最高スマイルは最強楽しい。
「楽しませよう」。楽しませ、楽しんでいる、この瞬間が楽しい。
『花道ひとり旅』も観た。『紅い花』も観た。股旅姿も観た。
でも何年たっても脳裏にべったり貼りついているのはこれ、「チャッチャッチャッ!」。
若い頃から調子が良くて、涙もろくて人情屋さんで、でもやっぱ調子が良くて。
今では入退院を繰り返したり、舞台に出たり出(られ)なかったり、出たら俺節炸裂で喋って喋って。
愛嬌たっぷりの「役者(オレ)」―「俺は役者だ」―「今」、生きてる、戦ってる、笑ってる。

(2014年6月9日 京橋羅い舞座、筑豊國太郎(筑紫桃太郎一座・花の三兄弟)
 当時の記事→【喧嘩上等、その名は役者-筑豊國太郎の舞台から-】)


◆「男」
あるブログを見つけた。
私の記事と私が酷評されていた。
「こんな役者を褒めるなんて社会生活を送る者として虫けら以下だ」
自称見巧者は役者とその劇団を完全否定していた。
数年前の事件、大衆演劇界で起きたあの事件のことで。
感情的に、一方的に。
けれど思った。きっとこの方だけではないのだろう、似た考えの方は、いまだ思っている人は。
好き勝手に、口から口へ。
役者たちは毎日そんな目そんな狭い心そんな客席を相手に日々舞台を見せている、今日も、明日も。
この「父」は身をもって教えてくれた、その舞台で。
まだ噂の火が飛び回っている頃だった、大きな大会に出た。
お祝いの舞台で主人公とその家族たちを見守り穏やかに笑っていた。
個人舞踊のステージではひそひそ声や顰められた眉の中「男」の舞踊を見せた。
『河内遊侠伝』。普段のレパートリーとしてや大会の際も踊られているようだ。
けれどこの日この舞台で。コートをばっと脱いで仁王の書かれた墨肉(肉襦袢)を見せ。
その姿は格好良かった。
「なにがあろうと役者。なにを言われようと役者」
この劇団を元座長として代替わりし息子たちの代とはなったけれど責任者たちとして守る。
「この劇団―「家」と「家族」―を命を削り守り残す」
想いと姿勢が滲み、見せられたように見えたのだ。
もちろん暴力はいけないことだ。人を外的にも内的にも傷付けることはあってはならない。
それは褒められたことではない肯定出来ることではない。
けれど彼は「役者」、その想いは旅役者の叫び、魂だ。
背中に父からの刀傷を持つ彼は今日も舞台に立つ。

(2015年5月13日 博多新劇座 二代目南條隆(スーパー兄弟)
当時の記事→【命の舞台-二代目南條隆-】 )

◆ただ芸、ただ「俺の舞台」
初めて観たときその熱に圧倒された。 
熱と枯れと、枯れと熱と、なのに熱と。
『羅生門』、歌の中の虚の物語とそれを魅せる実の物語が重なっているように見えた。
旅役者として男として生きてきたすべてがつまった今の舞台に見えた。 
叫ぶように伝えた、「これが本当の『羅生門』です!」。
艶然とした笑みが返ってきた、「そう言わせたかった」。
その舞台は私の人生を変えた。
思う。どこまでいったらあの境地までいけるのだろう。
考える。そこまでいけるのは貫き通してきた者だけだろうか。
知りたい。でもそうなったときは老境、その目に見えるものはなんなのか。
10年前心臓の大手術をして一命をとりとめたと言う、以来死が日常と隣り合わせ。
達観したような虚無感と、なのに毎日まだ生きている、生かされている?いや、「生きてるから生きてるんだ」。
己が身、己が人生、変わる時代、変わる人間とその心。
もう時代は過ぎた、もうやりきった、けれど気付けば舞台のことばかり。
笑うように言う、「業、だろうね」
死ぬまで役者、死んでも役者。夢は枯野を駆け巡る。
いや、そんな考えや見方は小賢しい、また怒られる。
それは芸、ただ芸、ただただ芸。
考えたりこじつけたりしようとしたり、それらはすべて客側の勝手で小賢しい小理屈でしかない。
それは芸、これまで生きてきた感性から出てきた「俺のやり方」、それ以上でもそれ以下でもない。 
旅役者、旅芝居。それはただ芸ただ「俺の舞台」それだけで、
それだけがだから色っぽい、格好いい。

(2015年3月22日 座・九条 美影愛
当時の記事→【羅生門には鬼(ファントム)が居る―【その@・光】
      【羅生門には鬼(ファントム)が居る―【そのA・私】
      【羅生門には鬼(ファントム)が居る―【そのB・明日へ】 】)

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光と糸、「本当」の人-美影愛という旅役者のこと-
「美影愛?誰ですか?」。それがはじまり。 ...続きを見る
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2017/03/27 10:00

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