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zoom RSS 光の中の「わたしとあなた」-桃的・大衆演劇とは-

<<   作成日時 : 2017/04/19 00:26   >>

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「大衆演劇ってなんだろう」
お芝居と舞踊による3時間の公演。
全てのジャンルの芸能を取り込んで「大衆」の「自分たち」流にして見せる芸。
距離の近さが魅力、会いに行ける庶民のアイドル。
舞台に立つことが毎日の生活であり続く人生であるからこそ役者の生きざまが滲む舞台。
それだけ? いや、それだけじゃないだろう。
いつも客席の片隅で舞台と客席を眺めながら思ってきた。
「なぜこんなにも皆が魅了されるのだろう」

思えば私の初・大衆演劇体験は不思議で強烈だった。

小劇場や学生演劇と劇作にかぶれていた芝居狂いの学生時代。
初めて観た大衆演劇、その劇団のその日の芝居は私にとってサイアクだった。
後に知る、大衆演劇、だからこその凄ぇ芝居を、面白さを。
しかし一番最初に出会った芝居は
あまりに旧時代的な設定と仰々しい台詞回しで
型にもならず、時代に合わす努力も改良もされていない芝居だった。
歌舞伎ほど様式美として完成されてもいなかったし落語みたいに寄り添ってもくれなかった。
アタマより体が退屈がり寝てしまった。
しかしその後のショー。
各役者が個性を生かして思い思いの曲で曲の世界と自分を表現する。
日舞じゃない。日舞ももちろんある。けれど音楽を使った台詞のない芝居だと思った。
芝居をやってきた大衆演劇旅芝居の役者たちによる舞踊だからこそのジャンル、面白かった。
ところが耳を疑った。
流れてきたのは流行りのJ-POP。
出てきた!チョコレート菓子の包みみたいなキラキラぺらぺらの安っぽい着物で
ヴィジュアルバンドみたいな鬘の「女形」が手招きしたりブリッコしたりくるくるくるくる!
安っぽい!「ひゃー!」なんて声が出て笑ってしまった。
なのに・・・ふと見渡すと・・・会場中の客がうっとりと見惚れている。
見惚れる視線たちの先に居る役者はめちゃくちゃいい表情だった、心からの笑顔に見えた。
なんだこれは。
スポットライトに照らされた役者と、うっとりと眺める大入り満員のお客さん、
なんてしあわせな空間なんだろう。
ゾクリとした。
愚かで美しく、醜くてきれい。キラキラでぎらぎらで、阿呆で、美しくて・・・。
笑いながら涙が出た。

笑いと涙の理由。
笑いはわかる、距離感だ。
どっぷりハマらず、冷めた目、「客観視」、利口で小利口だ小賢しい観察者の目だ、アタマだ。
けれど涙。これはカラダだ、心が感じて震えたんだ。
以来14年。自分自身の足で目で体で心でこの人間舞台を感じ、学ばせていただいてきた。
私は欲張りで業が深い、やはりこの大衆演劇という世界でも「作品」に出会いたい。
しかし深くなればなるほど直面するのは
「舞台が生活そのもの、舞台が人生」である者たちの文字通り「旅芝居」の「リアル」だった。
楽しいこともそうでないことも、美しいことも吐き気がすることもどうしようもないこともみた。
業が深く我が強い物書き桃はしかし阿呆のように情が濃く深い。
役者たちや客たちと一緒に苦しんだり悩んだりした。
「なんで皆この程度で満足してるん?(お客さんも役者も)」
と卑しい嫉妬と距離感を感じるほど自分にとって本当にいいと思える芝居を求めながらも。
そしてようやっと出会えた!
・・・と思った舞台の人に学ばせていただいているのは
人間の力ではどうしようもできない生老病死、
それでも「業」、役者、旅役者という「業」、最大で最強の授業≠フ最中である。
でもね、ずっとそんな小賢しき葛藤を抱えながらも芝居小屋へ行くと役者たちは皆笑顔だった、客席も笑顔だった。
リアル、生活、ゲンジツ、人生・・・
でもそれでも役者たちはいつも舞台で笑ってる、魅せている。
お客さんたちは役者さんたちの人生と笑顔で笑顔に元気になっている。
涙が出た。涙が出る。
芝居が観たい、芝居で泣きたい、けれど満面の笑顔ときらきらの美しい光がたまらない。
美しい辛い、でも美しい。なんて美しい!
だから追い続け、気付いた、いや辿り着いた、
「大衆演劇ってなんだろう」「なぜ皆こんなにも魅了されるのだろう」私なりの答えに。
≪肯定≫だ、ベタすぎる言い方をするがやはり「愛」だ、双方向の、包み込むような。

大衆演劇の客席にはなんとまあいろいろな人が居る。
年齢、性格、考え方、趣味嗜好、生き方・・・さまざまな人たち、
すべてのひとをまるごと受け入れてくれ、ひととき、ひとときの夢みたいな生の舞台をくれる。
生きるって楽しいことだけじゃない、皆それぞれの悩みを抱えている、
けれどちいさな劇場に来たらそこは夢の世界だ。
矜持ある役者たちが体を張り命を削って最高に楽しい舞台を見せてくれる。
アートや芸術作品より凄ぇものからパンクでロックでアナーキーな気持ち炸裂なもの・・・
咲き乱れる個性の「俺の舞台」で絶対に絶対に楽しませ笑顔にしてくれる。
きらきらでギラギラの人間の匂いで元気と笑顔をくれる。
彼ら役者たち皆に好きだと応援してくれるファンやお客さんがいる。
見た目、技術的な巧さ、性格、愛嬌、年齢・・・
「あなただけの個性」を好きになり
いわしの頭もなんとならではないけれど
「私のスター」「私だけのスター」として日々の活力や生きる希望にしてくれる。
生きるは辛い、毎日が舞台である人生は決して楽しいことばかりじゃない、
さびしいことやりきれないこともたくさんあるだろう、
年齢、経験、重ねてゆくと隠していても重なってゆくもの、逃げられないゲンジツ、人生。
けれどお客さん、出来れば満員、でも一人でもたった一人のお客でもその笑顔や表情や反応は彼らを救う。
救い、救われ、救われ、救い。舞台は客席を抱きしめる、客席は舞台を抱きしめる。
「あなたはあなたでいいよ」「あなたはあなただからいいよ」「それでいいんだよ」
きらきらでギラギラ、夢と現実、虚と実、聖と俗、純な気持ちと人間臭い生臭さ、
相反する両方ゆえに眩しく輝く光の中、人が人であること、「わたし」が肯定される。
肯定され、元気にされ、あたたかくなる、「明日も生きよう」「頑張ろう」。
だから人はこんなにも魅了されるのではないか。
だからあのキラキラでぎらぎらの光はあんなにも美しいのではないか。
私の笑いと涙は見つけ包み込まれた幸福だ、照れ臭さと、嬉しさと愛しさだと今思う。

先月、興行師・山根大社長(山根演芸社)による大衆演劇についての講演会に招待された。
大衆演劇を知らない人に向けた「大衆演劇とは」のトーク、
≪「日常に仕掛けられた祝祭 旅芝居(大衆演劇)の「こころ」と「現在」≫だ。
タイトルからもういつものちょい調子乗りちょいキザの気取った山根節≠ナニヤケたが
内容も彼節炸裂、ニタニタ、苦笑、ふふふ、うふふ、いろんな笑いと頷きと共に聴いていた。
講演会の最後、大さんは語った。
「私たちの人生がサーカスの空中ブランコなら旅芝居は安全ネットのようなもの」
けーっ!&ふふふ。だが後々になって余計な飾り≠取っ払って反芻している、沁みている。
大さんの例えブランコ≠ヘ私が思うことと同じに感じるのだ。
ブランコ、きっと双方向の。
大衆演劇旅芝居、やっぱり「愛」、ただ、ただただ「愛」、眩しさと温かさにそう思う。

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