心はだか・酒場コラムはじめます

酒場コラムを連載することになりました。 酒場は劇場だ。 あ、断言嫌いや、 酒場って劇場なんやないか、というコラムです。 でありながら、私…と私らホンマあほやなあ、 あほって楽しいな、生きてるな、というコラムです。 なんのこっちゃ。 最近私は思います。 いやずっと思ってるし言うてるねんけど改めて。 私は劇場に人生を観に行ってるのかもしれないなあ、って。 舞台の内容は好きです、好きどころかもう、もう、もう。 でもねそれと同じくらい、いやそれ以上に、 舞台から客席から滲む人生のようなものが・・・。 舞台の上に表現される物語の中の人生。 それを表現するひとの人生。 観て応援する人の人生。 覗こうとしているのではありません、 でも滲んで見えてくるような気がするんです、 例えば時にみたくないときでも、勿論素敵なときも。 あー、人生とか人間が好きとかほんま言葉軽いなー、もう(笑)。 ああ、みんな劇場におるんや。みんな主役なんや。 みんなみんなの物語があって。 みんなみんなのそれがひとつになるんや。 だから私は劇場でこんなに胸がいっぱいになるんや。だから私は劇場が好きなんや。なんて。 そしていつしか、劇場は私の「居場所」になりました。 特に最近、ここが私の居場所なんや、と思います。 私もこの劇場をつくる物語の一部なんや。なったんや。なれた(?)んや。みたいな。 え、まだ早いですか? そんなこと言われたり思われたりしてたら凹むねんけど。 で…

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春ですね。心を脱ぎました。

春ですね、元気ですか? 私は最近心を脱ぎました、脱げました。 〝心を脱ぐ〟とかイキった例え方で恥ずかしいねんけども。 脱げるようになりました、脱がせてもらいました、かな。 戸惑っています。戸惑わせてもいるでしょう。 しんどい!けど楽しい。春ですね、 自分語りはみっともない。一方的な自己主張はあかん。おもろない。 でも本気で書くには今自分も曝け出さなどと思って書きます。 よければお付き合いいただければ嬉しいです。 きっかけはこのところの大事な舞台たち、ストリップ。 そのステージに立つ人とステージを愛する人たちのおかげです。 他の舞台も忘れてないよ。 でもここ最近この舞台と世界のおかげで他の舞台のことも自分のことも考えるようになりました。 もっと大袈裟に言うと人間というものをめちゃくちゃ考えるようになりました。 大好きな蝶々の踊り子さん、 と、お姐さんたちとおっちゃんたちのおかげです。 曲とからだ、全身で伝える思いと物語のステージ。 ストリップのステージがとても楽しいです。 音楽と言葉と気持ちが好きな自分にはどの舞台も楽しいうれしいです。 たぶんナマイキなくらい厳しいくらい舞台と物語の好きな私。 そんな私にとっていろんな舞台観てきたけど一番楽しい舞台です。 こんなにハマってるの初めてちゃうかと思います。 観るためだけに突然一日びゃーって遠くへ飛んだり×結構なペースとか、たぶん人生初(笑) でもそれだけじゃないんです。それだけじゃないからこんなに魅了…

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2019年のご挨拶-舞台、人間、わたし。と、やさしさ、おもろさ(←?)-

あけましておめでとうございます。 おそくなりましたがみんなみんなに「ありがとう!」と「好き!」を言いたくなった年明けです。 「うるせー!」「なんや!(笑)」という声も聞こえてきそうだけど ひとまずは抱負Blogにてご挨拶させて下さい。 昨年はことば以上のものをいっぱいいただき だからこそことばの大事さ素敵さ面白さをも感じた1年でした。 おととしの末に出会ったストリップ。 いろんなステージといろんな人に出会えて楽しかった。 今までいろんなジャンルのいろんな舞台みてきたけれど ストリップの16分間のステージたちはどれも皆たくさんの物語を感じるものでした。 想い、theme、起承転結のある16分間。 演劇的なものもがっつりダンスなものもどれもに物語(おはなし)を感じる気がして。 そんな物語(おはなし)でありながら 男と女が出会い別れるような高揚感と切なさ?みたいなものも感じたりして。 そんなステージたちを見ていて感じる物語に加え、 ステージを作り見せる女の子たちの物語(ドラマ)、 見入り愛するおっちゃんたちの物語(ドラマ)。 作品たちにも、それをとりまく人や劇場にも、たくさんの物語に胸いっぱい。 このタイミングで出会えたのはなにかの巡り合わせなのかなあ。 うれしい出会いと大事な縁がたくさんできました。 観ながらいつも思います。 ストリップ。他のいろんな舞台やなくストリップ。 私がこんなになる惹かれるのは?おっちゃんたちがこんなに惹かれるのは? なんで…

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師走にあれこれ

前回の記事に続きまた近況というか気持ちを・・・ 一回書いたんですが全然文になってなくて気に入らなかったから書きなおします。 きれいなことば(きれいな文)じゃなく書きます。よければ再度お付き合い下さい。 相変わらずぼちぼちと劇場に行っています。 劇場って素敵やなあ、人って素敵やなあ。 泣き笑いと笑い泣きがさらに増えました。 最近また憧れというか人としてこうなりたいと思う 「センセーやー!」っておっちゃんや「好きやー!」って友人ねーさんも出来ました。 いや、増えました、いや、ってか皆、皆です。出会う人皆に育てていただいています。 劇場が(どんなジャンルも、どんな劇場も)、つまり人間が、より愛しくてたまりません。 仕事の書き物たちは年末進行やらシステム変わったりでうわー!!な最近ですが 前回書いた新しい企画に手を付け出しました。 断言しますが絶対面白い。 まだ私の人間性はまだまだ伴っていません筆もまだまだです。 でもいろんな皆が、人生が、面白く本当に素敵。 大事に噛みしめながら腹かかえて笑い泣いて聴いて書きよります。 焦らず、思いこまず、決めつけず、噛みしめ、腰据え、向き合います。 長い目で待っていただければ嬉しいです。 そしてずっとバテながら続けている企画も。 こっちもね、見えてきているのです。 これも人間力!ともっともっともっと向き合う(対象物にも己にも)姿勢が必要。 だから焦るけどほんま編集者さんたちも言って下さるが「人生かけて」「文字通り命がけで…

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徒然と-ひさびさのBlogで近況報告など-

ひさびさにBlogで近況報告なぞしてみます。 Twitterで呟こうかと思ったのですが ぶつ切りツイート連投になるし Blogにしてみようかなと思い立ち。 Blogをこんな使い方するのはいつぶり?おもろいな。 相変わらずの書き屋稼業の売文業で 有り難くお仕事させていただいております。 もう8年とか9年とかになるレギュラー放送仕事たちを 変わらず持たせていただき有難いです。 ネタは尽きてひぃひぃ言うてますが。 放送以外の単発もあちこちの縁でいろいろしてます。 大衆演劇関係も関わっていた雑誌は休刊しましたが実はこっそりあちこちあれこれ書いてたりします。 そないして書いたもんをせっせこお金にし己の原稿と向き合い劇場へ行ってます。 ストリップを本格的に観だしてちょうど1年経ちました。 地元の劇場やときどき遠くにも行ったりしています。 本当に好きです。 愛しいという言葉が正しいかわからないけれどステージも客席もみんながすべてが愛しい。 うまく言えないが天国のようやといつも本気で思います。 仲良くして下さる皆に感謝。しあわせです。 大衆演劇も忘れていません。 改めてまた地元の劇場や新世界の小屋にぼちぼち出没してます。 公私共にどっぷりしすぎないことで改めて見えてくることが沢山あるように思えます。 腐れ縁のワルい男のような存在と関係かもしれません。それがまたイラつくも愛しいです。 そんな私の原稿… 旅芝居のこと旅役者のこと。 一生ものです、けど向…

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劇場へ行こう-ある踊り子さんのステージに思う-

人は空を飛べる。祈り祈れば空を飛べる。 だいすきな踊り子さんの舞台にストリップの舞台に思う。 世界は変わる。みんなで願い、祈れば、きっと変わる。 だいすきなすべての「舞台」とそこに生きる人愛する人に思う。 劇場へ行こう。 ストリップと出会って半年。 自分でも驚くほどに魅了されている。 出会うすべての踊り子さんが好きでたまらない。 こんな綺麗事を言うから言うくせになのかちょっと嫌な目にあったりもした。 けれどそれすら私の身となり学ばせてもらえた出来事だ。 なんでストリップなんだろう。なんでこんなに踊り子さんたちに惹かれるのだろう。 最近なんとなく辿り着いた。 私には彼女らが皆戦っているようにみえるからなのかもしれない。 自分と。そして自分だけじゃなくなんだかおっきなものと。 戦い、戦いながら、戦っているから笑顔。 同じ女として肩入れしすぎて男の「性」そのものが嫌いというか憎くなったりすら時にある。 けれど「俺の推し」に魅入り支える男たちの熱と愛、リスペクト。 客席の片隅で感じるとやはり胸がいっぱいになる。 いいな。男も女も。人間ってみんなみんなええな。素敵やな。綺麗事だが本当に思う。 そんなストリップの世界で私が「人生の舞台(表現者)に出会えた」とまで思う人が居る。 踊り子「浅葱アゲハ」さんだ。(※以前に書いた記事) 蝶の名を持つ彼女は地と空中を舞台としダンスと共に様々な空中技を見せる。心技体が一体となった舞台だ。 でも私がオーバーにも「人生の舞台…

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「物書き桃」と旅芝居・大衆演劇 -改めて…大衆演劇へのラブレター-

旅芝居・大衆演劇を書く時心に決めていることが2つある。 ひとつは 「このひとたちの舞台は食べてゆくことそのことなんだ。 だから己の書いたもので足をひっぱることがあってはならない。 そのことで1円でも損することがあってはならない」という気持ちだ。 そしてもうひとつは 「ヨイショや提灯記事やただ褒めるだけや綺麗事だけのものは書かない」という気持ちだ。 大袈裟なようだが お花や女性客という素敵で厄介ででも素敵な生き物が客席の中心の世界では 私を含むすべての者のSNSも雑誌も他媒体も含む一言が一文が1円1万円損させることに繋がる。 想像もつかないようなことで足をひっぱったりかねない。 本当だ。自覚するにしろ無自覚にしろ。この目でみてきた。きいてきた。 さらに私は 「客席に居る者だから」「好きだから」「楽しみに来ているから」 そんな言い訳で無責任に好き勝手を言うのが嫌だ。 「他のお客さんと違って深く関わっているから」「関係者だから」「ライターだから」「仕事だから」 そんな驕った考え方で居ることもなんだか違う。思わぬようにしている。 関係者だろうが書き屋だろうが所詮ただの客だ、1客席の者だ、偉いこともなんともない。 ヨイショや褒めやキレイキレイや旅芝居をみている自分が好きだと酔うのではなく でもその上で絶対に絶対に足を引っ張ってはならない、 ヨイショや褒めやキレイ楽しい凄いすばらしいだけ・・・ それは彼らと本気で向き合っていないのではないかと思うし この…

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「物書き桃」がストリップを観る理由 -改めて…ストリップへのラブレター-

今増えている「スト女(ストリップ女子)」という言葉と言動が好きじゃない。 いくら今のストリップ劇場と嬢たちは女性歓迎といっても 男の聖域を犯してはならないと思うのだ。 しかし気付けば私も良くも悪くも昨年末から立派なスト女である。 「桃さんもう完全に旅芝居に呆れてストリップ愛ですよね」 いやいや、そうだけどそうじゃない。わかってない。 が、確実に「スト女」であることは認めなくてはならない。 私はほとんど話しかけもしないし ポラの列にもほぼほとんど並べない (この人だけは!と決死の気合いで何とか並ぶ… (追記&修正:最近いろいろ考えてぼちぼち並び中、これもかなりの緊張と気合で)) なるべく控えめに後ろの方でちいさく観ている。 でも完璧に同類である。 幼い頃から「舞台」というものが好きで 中でも人間の「生きざま」というものが透け滲む「舞台」に魅了された。 最初は歌舞伎だったりミュージカルだったり商業だったり小劇場だったり…いわゆる「演劇」ファンだった。 しかし「旅芝居(大衆演劇)というものに出会い 演劇は演劇でも生きることそのものが舞台である 人生そのまま生きざまそのままの舞台である旅芝居・大衆演劇にぞっこん惚れた。 その流れで観るようになったストリップのステージだ。 生きざまは生きざまでも本当に体ごとぜんぶ… すべてをお客さんの前にさらけ出し見せる女性たちは涙が出るほど格好よくて。 同性だからこそそう思う、尊敬の気持ちいっぱいで観る。 けれど・・・…

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これが芝居だ -口立て芝居『俺が親父だ、文句があるか』(美影愛特別公演②)-

この秋。 私が物書きとして人として心酔し追う 老旅役者「美影愛」が特別公演を行った。 2日間の特別公演。 目玉である一人芝居『士魂一代』(前記事)は2日目。 1日目にもちょっと面白い企画を見せた。 一日限りの口立て芝居。 を、旅芝居の役者たちとではなく、 小劇場の役者たちと行ったのだ。 演目は旅芝居ではスタンダードの喜劇だった。 『留と棟梁』『大工の一日』『お玉の亭主』だとか タイトルや細かい設定は異なるが 多くの劇団で演じられている定番の芝居だ。 大工の棟梁のひとり娘が所帯を持ちたいと言う。 皆に尊敬される「男」、 立派な職人、頑固親父だ。 妻に先立たれ男手ひとつで娘を育ててきた。 ・・・気がかりでならない!! どんな男か?!娘をしあわせに出来るのか?! 六つになれば娘が男を連れてやってくる。 考えた棟梁は三下の亀を 自分の代わりに父親に変装させることにする。 亀に男と話させ自分は隠れて様子をみるのだ。 いわば代役を使っての〝婚前チェック〟! 脅したら?凄んだら?こう言ってみたら?! びびるか?逃げるか?さあ男はどう出る?!どんな男だ?! 棟梁は「俺の役」をする亀をしこむ。〝稽古〟だ。 そう威厳を出して!凄んで!そう!!そうだ! 違う!!こうだ!!!こうも言え! そして、こう言え、「俺が親父だ、文句が、あァるかぁぁぁ!」! そう、今回の「美影版」(作・演出・主演)のタイトルは ズバリ『俺が親父だ、文句があるか』だった! …

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それは生きざま -一人芝居『士魂一代』(美影愛特別公演①)-

それは業。 それは生きざまとしか言いようがないもので。 だから私は彼に惚れていて。 だから私は彼の舞台と その舞台を創り出す彼から目が離せないのだろう。 改めて強く思った。 この秋行われた 旅役者「美影愛」の一人芝居、 特別狂言『士魂一代』。 士魂此処に極まれり、役者魂此処に極まれり。 美影愛という旅役者。 74歳。 現在は旅回りをしていない。 10年前心筋梗塞と肺気腫を患い 心臓の管3本すべてのバチスタ手術とドール手術を受けた。 最後に育てた家族たる劇団… 座長「島崎寿恵」率いる「まな美座」の事実上太夫元ではあるが 共には廻らず 故郷、旅芝居のふるさと、 九州は炭鉱の町・田川にて生きている。 義と情に厚い、 まさに古くからの旅芝居の芝居で描かれてきた男像そのもののようなこの老優は心で動く。 時折、縁ある現役旅役者たちの下へ赴き芝居を立てたり芸の心を指導し余生を過ごしている。 この秋特別公演を行った。 数年前からあたためていた「かっつけもの」、 侍が主人公の芝居だ。 共演者は居ない、一人芝居だ。 一人芝居は2度目となる。 3年前に老いたやくざものを主人公とした芝居『流れるままに』を上演した。 私はこの公演に招待されたことで不思議な縁が出来た。 招待のきっかけは不思議で面白いものだったのだが 何度も書いているので今日は割愛する。 この公演を観、話をきき、その舞台と舞台を創り上見せた彼という彼自身に興味を持った。 老旅役者と…

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やさしさと強さ-「浅葱アゲハ」というストリップの踊り子さんのこと-

今、進行形で人生が変わっている…と思っている。 大袈裟だが、それくらい凄ぇ舞台、を見せる人に出会った・・・かもしれないと思った。 ストリッパー、空中を舞うストリッパー「浅葱アゲハ」とそのステージを観て、だ。 縁あってストリップをちゃんとまた観出すようになり。 空中技を披露するストリッパーが居ると聞き興味を持った。 サーカスで見られるような 天井から吊られたティシューと呼ばれる布や リング(フラフープ)を使っての「エアリアル」という技を見せるらしい。 でも興味を持ったのは技を見せるからというだけではない。 技を取り入れながら物語性の高い「作品」を見せていると知りワクワクした。 サロメ、フェアリー、神話の天使、卑弥呼、映画『グラディエーター』、 ミヒャエル・エンデの『モモ』! (実は私の本名の由来のひとつとなった物語だ) ミュージカル『レ・ミゼラブル』をモチーフとした『ひなげし』という作品もある?!観たい! 駆け付け観たその舞台は想像を遥かに超えていた。 フランス国旗を掲げて登場する。 民衆や、ヒロインを想像させるようなシーンがあって、そして空中技。 上ってゆく。貧しい民衆の…いや例えば貼り付けになった際のキリストみたいな飾らぬ衣裳で。 京都「DX東寺」というストリップ劇場の中ではかなり広く大きな会場の 高い天井から降ろされた2本の布を体に巻き付け宙に上がる。 するりするりと、そして宙の上で開脚したりポーズを決める。 その様が、布が、なぜだろう。高…

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戯作三昧-私が「舞台」を好きな理由-

先月から今月にかけて「ストリップ」にお熱である。 縁あってオドオドしながら飛び込んだのをきっかけに 今月は緊張しながらも一週間で3回行った(!)。 小さなストリップ小屋で繰り広げられるすべてが 私の琴線に触れる人間臭い世界だからとは言うまでもないが 舞台上で魅せられる「作品」たちにぞっこん惚れてしまった。 そうして気付いた、自分が「舞台」(芝居を含む全般)が好きな理由に。 今回私も勉強して知ったことだかストリップは10日間公演、 一か月の内「頭・中・結」、10日間で次の劇場へ行く〝旅興行〟だ。 一回の公演にはだいたい4~6人のお姉さんたちが出演する。 1日にだいたい4回のステージがある(入れ替えは無しで一日観られる) その4回のステージでたいていのお姉さんは 少なくても1日4ステに2作品(2演目)以上をかける。 例えば1回目と3回目が同じ作品で2回目と4回目が別の作品とか。 そんなステージをこなしながら常に「新作」を稽古して〝初出し〟をする、し続ける。 1作品はだいたい踊り→踊り→ベッド→ポーズ。 その後にポラ(写真タイム・差し入れタイム・お話タイム)→オープン(あそこを見せるタイム)。 だいたい1人の1ステージの流れはこうだ。 私は「作品」という言い方をしたが この一連の流れが「1作品」としてコンセプトを持って作られていることが多い。 しかも少なくとも4曲以上繋ぐ、衣裳だって何枚要る? 脱いで裸を見せる。そうなんだけどそうじゃない。 そうだからこ…

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旅芝居の〝ヤンキーイズム〟は時代を越えて-ある『ピタカゲ』から-

大衆演劇・旅芝居の持つ本質的な〝ヤンキーイズム〟に注目している。 …と書くと又「ヤンキー」という言葉に過剰反応する人々に眉を顰められそうだけれど。 けれど歴史、血、時代を越えて生き続ける「旅役者」というものをみていると 「いい意味で」この例えを使いたい、使わざるを得ない?、いや、使いたいし、使う。 「いい意味」だ。褒め言葉と賛辞と応援の意味での例えだ。 そんな〝ヤンキーイズム〟を「いい意味」で体現している役者をみた。 『ピタカゲ』を踊っていた。 『ピタカゲ』。恥ずかしながら大衆演劇を観て知った曲だ。 韓流アイドルなんて 世代的にジャニーズにもヴィジュアルバンドにもハマらなかった私が知るはずもない。 が、近年の旅芝居・大衆演劇では舞踊ショーの「テッパン曲」だ。 どーも、どーしても、 今の音楽のあの電子音というか機械的にミックスされた音や声が苦手な私には 人気の『ファンタスティックベイビー』とか『HARUHARU』とか「防弾少年団」とかどうも理解できない。 が、『ピタカゲ』、これは面白いと思っていて。 なに、ピタカゲって。 まずは意味。あ、そうなんや「ひねくれる」「へそ曲がり」なんや。 歌詞を調べたら(←癖)、若い男の子が失恋して、でも「べっつにー?」みたいに虚勢を張る歌。 面白い。「ひねくれる」「へそ曲がり」。 理解が出来るというか好きな姿勢(笑)というか。 そして気付いた。 大きな意味で言うと「あ、旅芝居の芝居で描かれてきた「男」の姿勢だ」と。 …

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スターであるということ、あり続けるということ-〝要ちゃん〟に想う-

神社の境内で 〝要ちゃん〟は光り輝いていた。 踊って、歌って、 あの楽しい楽しいトークをして。 追っかけさんたち大喜び。 でも追っかけさんたちだけじゃない。 一見さんたちをもちびっこたちをも虜にしていた。 歳をとっても、しんどくても、 里見要次郎は里見要次郎。 旅芝居・大衆演劇界で今も昔も たぶん最も「スター」という言葉が似合う これまでも、これからも、死ぬまで「スター」だ。 実は私は駆け出しも駆け出しの頃、 〝要ちゃん〟こと「里見要次郎」(「里見劇団進明座」座長・「関西大衆演劇親交会」会長)に 一日密着をさせて頂いたことがある。 当時塾生として参加していた新喜劇台本塾の課題で 旅芝居(と通天閣の演歌歌手)をモチーフにした台本を手掛けていた際だ。 当時塾での師匠だったのは檀上茂氏という大作家。 吉本新喜劇の大御所も大御所(博多淡海、木村進、花紀京、岡八郎時代の)であり 吉本に旅芝居を一番最初に引き入れた方だ。 先生は私にとても目をかけて下さり可愛がって下さり 当時学生上りの公私混同でただのファンとして大衆演劇にハマってしまった私に 「行ってこい、中まで観てこい」と紹介してくれたのだった。 (※ちなみに…先生が酒の席でいつも聞かせてくれた古き良き旅芝居のグッとくる話はこちら。    【近く近く -「大衆演劇」のお話-】 旅芝居・大衆演劇の「本質」ですね ) 結局このときの台本は先生のオッケーは出るも吉本のオッケーが出ずお蔵入りだったのだけれど …

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旅芝居、継がれる血と芸と家-8歳の女優の舞台から-

旅芝居・大衆演劇において「劇団とは〝家〟である」。 当たり前のことだが当たり前ではない。 家を「守る」、家を「残す」。 こんな考え方は核家族化した今の時代の若い人たちはおろか ある程度の年齢の方にもピンと来ないようになっているのかもしれない。 そんな中、嬉しい≪女優≫に出会った。 強烈な流し目を送る女優。 彼女は8歳! 圧巻の『惚れ神』だった。 よく居る「子供が大人の真似をしてみました」ではなく 「親に認められたくて無理に背伸びをして大人ぶって」でもなかった。 所作や目の使い方は大人だった。 けれど8歳の、その年代の「女優」の見せる「舞台(芸)」だった。 チャラチャラしていなかった。手招きしなかった。媚びなかった。 けれど地味すぎたりシックすぎたり「正統派でございますよ」な拵えではなく その年代だからこその可愛い派手過ぎず派手な拵えと鬘で堂々としていた。 きっちりと、ちゃんと、教えられた芸を舞台の上でお客様に見せて堂々としていた。 その様が色っぽく、大人と同じように、いや大人以上に「ちゃんと役者」だった。 ≪女優≫だった! うれしくなった。 うれしくて、唖然と見入っている客席の中、痛快さすら感じ、笑いながら喝采の拍手を送った。 あっぱれ、「市川小恵子」!(「市川おもちゃ劇団」・花形) 現代という時代を反映するかのように 旅芝居・大衆演劇においても核家族ならぬ核劇団が進んでいる。 ちいさな劇団が乱立するようになった。 役者の家の出身ではな…

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「光」-旅芝居、舞台と人間…ちいさなストリップ小屋の片隅で-

「光」を観た。 薄暗い、ちいさなストリップ小屋の片隅で。 その光は矜持とリスペクトの光。 女と男、舞台と客席、信頼関係の光。 胸が熱くなった。 泣きそうになって、でも泣かずにただじっと見た。 温かくやさしい光の中、旅芝居に、いや、人間に想いを馳せた。 ストリップに行ったのは初めてではない。 5回目、4劇場目だ。 それでも正直緊張した。 近年は「スト女」と呼ばれる女客が増えたらしい。 この日も腐女子でオタクを自称する女の子が客席に居た。 彼女曰く「百合やBLや腐(腐女子)好き」層の女性ファンも増えているらしい。 そういう出し物をする踊り手さんで人気の嬢も居るらしい。 私が初めて行った11年前とは違うようだ。 けれど私は頭が古い(行動する割には)のだろうか。 やはりここは男の聖域、女の戦場、女が見せ男が観る場だと思っている。 ずかずか堂々と闊歩するのは彼らと嬢に悪い気がして、「追っかけ」をしたい気はあれども憚られて。 けれど初めて観たとき涙が出るほど感動したことや これまでに出会った人間味溢れたステージは忘れられない。 今回ふとした縁で知り合った方から薦められ嬉しく数年ぶりに行く決意をした。 が、やはり緊張、ずっと緊張、傍から見たらさぞカチコチだっただろう。 例えば「浅草ロック座」(現在の)で観るストリップはなんだかいかにも「舞台」だ。 私も一度関係者の方に連れていって頂いたがびっくりするほど設備もいい、照明も新しい、舞台も広い、 なんか、なんち…

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花について、つまりは人間について-その②、旅芝居と私つれづれ-

愛之助に見惚れ唸りながら… でもやっぱり私が好きなのは 〝まことの花〟…のようなものだなあとしみじみ感じました。 「時分の花」と「まことの花」。 「時分の花」を よくない風にとらえたりすること(とき・ひと)もあるが 私はそうは思わない。 ≪そのときのうつくしさ≫、 そして、そこからの≪それからのうつくしさ≫、 その時その時のうつくしさで、 どれも面白くどれも良くって。 その時その時が積み重なり、それからへ。 芸人って、いや、人間ってだから面白い。本当におもしろい。 私は時分の花にみとれながらも 時分の花にみとれながら若くはない役者… 芸の人につい目が行ってしまったりします。 時に「まこと」にはなれていなくても 正直いわゆる「うつくしい」ではなかったりなくなったりしていても 歳と経験を重ねてゆくことは本当に〝ええこと〟、素敵なことだと思うのです。 その想いは大衆演劇・旅芝居をみるようになってさらに大きく深くなりました。 大衆演劇・旅芝居は良くも悪くも素敵なまでに舞台が日々生活であり人生です。 だから役者の〝ナカミ〟(人間性・考え方・人生論)が良くも悪くも舞台そのものに滲むように思います。 (見えるが自分の理想と合わないからと否定したり見て見ぬふりをするにしろしないにしろ) これまで生きてきたすべて… 例えば極端な話 お金に関することも、女(男)に関することも、 世間的にみればおてんとさんの下では晒せないようなワルいことをしてきた(人…

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花について、あるいは役者について-その①、ある歌舞伎役者-

華、光、自信。 男、役者・・・色香! ある歌舞伎役者を観ました。 正直ぜんぜん好きな役者じゃありません。 けれど見惚れました。 舌を巻き、ため息をつき、唸りました。 感じました。 ああ、≪役者とは≫≪その魅力とは≫。 片岡愛之助。 観るたび思ってきました。 「鼻に付く、けれどうまい、鼻に付く程うまい」 同時にずっと思ってきました。 「なんだろう、こいつの俗っぽさは」 そこはかとないを通り越してひたひたすぎる俗っぽさ! 家の子ではないからかなあ? いえ理由はそれだけじゃないでしょう。 あの顔! メディアに出まくっているときのあの笑顔! どうにも好きになれないあの〝男前おすましスマイル〟! そして常にある女性にまつわるエトセトラ! 前のお嬢さんと別れたがどうだすったもんだの末皆が知る人気女優と結婚した時 わしとスポーツ紙の記者である友は唸りました。 「お似合いすぎるよね、〝黒い〟…もとい芸の世界のいろいろをいろいろ見てきたもの同士」 冷やかしや茶化しなどがないと言えば嘘になりますがホントに「ええ二人や」と思います。 本当にお見事、あっぱれ素敵な夫婦やなあ、嫌いじゃない、好きだなあ。 今回は『吉野山』の忠信。 演目をきいただけでうっとりしませんか? 私はしました。 観る前から頭の中に描き、それだけで溜息。 本当は忠信なら「この人!」が心の中に居るのに、居るのに。 当日、会は文楽劇場にての南地女将プロデュースの「古典芸能に親しむ…

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矜持について②-旅役者の「心」、ある座長の舞台から-

ある日の口上。 男前でもうまくもない座長は泡を吹く勢いで語り出した。 「今はねー! 大入りよりも売り上げって言われるんですよね! ウチでも特選狂言の時に値段上げろとかね! ゲスト呼べとかね。 でもウチは上げなかったんです! あるでしょー他でも? その日だけ値段高いゆーの! 増えてるでしょー? けどね、どーーーせたいしたことしてへんのですよ 値段だけ高いだけで!」 思わず吹き出してしまった。友人たちも。 決して嫌味にも皮肉にも聞こえなかった。 「事実」を言っていた。 だからウケた。 笑う私たちに気付いた座長はちょっと嬉しそうで、 調子づいて勢いよく、でも心から 「うちはね、一生懸命やるだけです。おもしろおかしく!楽しく!うぉー!」 ちょい空回り気味。でも嬉しくなった、心あったかくなって、嬉しい笑みで頷いた。 何年かぶりに見た。 また更に白く膨らんでいたように見えた。 また子供も出来ていた。 さして技術がある訳でもないと思う。 上手いかと言われたらさてどうかなあ。 この日も『ホテル港や』をキンキラキンの女形で踊ってた。 なんだかツッコミたくなる、 けれども凄くガンバった感じのブラックステージの上で。 歌のステージはやしきたかじんの『東京』だ。 イントロが流れてきた瞬間、私と友人たちはまた爆笑した。 よいしょぉ!っと客席に回ってきて握手・・・はいいのだが 彼の歌う『東京』はもう歌を通り越して絶唱絶叫、がなりたてるジャイアンステージ。 け…

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矜持について①-旅役者が旅役者であるために-

大衆演劇・旅役者を指して 「ホストみたい」という比喩が好きじゃない。 ホストにも役者にも失礼だ。 けれどよく言うじゃないですか。 舞踊ショーで着物を開けたり 舌を出したりする役者をみて「ホストみたい・・・」! けれど私は思うのです。 これらの所作よりもそれこそ更に 「ホストみたい」なことが増えている、増えすぎていると。 それは≪舞台以外の嬉しいサービス≫。 今の旅芝居では「当たり前」となったり 「なんてサービス精神抱負!」と絶賛されたりしていることたちです。 劇場(センター)への送迎バスの運転を役者(座長)がやっている。 知った時、びっくりして、悲しくなりました。 「なんで?なんでそこまでせなあかんの?」 つまり「私たちはそこまでさせてしまうようになったのか」 ほら、今では当たり前となった「お出迎え」のようにです。 お出迎えって本当に必要なのでしょうか? 笑顔で出迎えてくれて時に下足袋を渡してくれる座長などをみて思います。 いつも思います、「いいのに、そこまでせんでいいのに、ごめんね」 やるのは自由です、本当に頭が下がります。 でもいつの間に当たり前になってしまったのでしょうか。 お出迎えも。座長自ら切符もぎりも。劇団グッズを配るのも。 抽選会にじゃんけん大会に、劇団主宰のお食事会。 お外題を前もって知らせること(ブログで、一覧表の配布で)。 どんどん過剰化していって・・・ え?なに?お弁当プレゼントをしてくれるの? なんで?開演前にコ…

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