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zoom RSS それぞれの『お吉物語2』 -「今」座長/若い若い“持ってる”コ・紅大介篇

<<   作成日時 : 2011/02/03 18:51   >>

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画像若い、若い若い「お吉」。
気持ちが前に前に前にあふれ、つんのめるようで。
でも、その若い若い「お吉」は
その舞台その瞬間、「お吉」を、
本当に「お吉」を生きているように見えました。
私、だから、グッと来ました。
グッと来て、でも「まだ早い。あんたにはまだ早い」
って言いながらちょっとだけ、ちょっとだけ泣きました。
伝え、伝えられ。教え、教えられ。継がれ、続いていく。
これ、今この瞬間。
それはきっと、「歴史」…みたいなもんを観た瞬間。

私、その若い、
若い若い今の座長がとても好きなんです。
ブサイクだと思うんですけど。…すみません。
けど、これは肩入れではなく、ナニカ、ナ・ニ・カ、“持ってる”みたいな。
ヘタクソだと思うんですけど。…すみません。
けど、これも肩入れではなく、ナニカ、ナ・ニ・カ、“憑いた”とき、「うわ!」みたいな(以前もこんな記事。笑)。

そんな彼があの『唐人お吉』…『お吉物語』を。
それも、1本目はもう舞台にかけて(12月の大阪 満座劇場で初演 09.12.24)、
2本目の「お吉」。『お吉物語2』(『お吉物語 完結編』)を(1月の博多 博多新劇座で初演 10.01.22)。

教えたのは、以前座長として自分の劇団でお吉を十八番として(よね?)演じていたおじちゃん。
おじちゃんなんて失礼、むかし関東で一世を風靡した女形役者で座長、今はこの劇団にて座長を支える1座員。

1本目がかかるときもびっくりしたよ。
けど2本目、別バージョン、
噂によるとなんだか壮大なセット(内緒)で演じる大掛かりなものだというそれをもうかけるということも、びっくりした。

「はやっ!」と思いました。「なんで?!」とか「出来ない!」とかじゃなく、なんちゅうか「うわーっ!」と。

だって教えたおじちゃんはいくつんときにやってたのかはしんないけれど(※30くらいのときだそうです)、
あんた、座長、女形で主演するの芝居、そんなめちゃくちゃたくさんある訳ちゃうやん?とか。
てか、あんた女形を専門/特別に売りとしている役者でもないやん?!とか。
おじちゃんは、だって、私も観たことないけど、凄かったらしいけどさ。
若い頃女形で調子乗ってるほど調子乗っても全然ええほど、凄かったらしいけどさ。笑

でも、彼は、今、舞台にかけると。ああ…そうかも、今、今しかないのかも。

だって先月は彼のホーム、博多新劇座。
彼のオットコマエなおとうちゃんが建てた、めちゃめちゃエエ小屋、誇らしい小屋、博多新劇座。

そうだ、きっと、「今」しかない。そして私は、これを観ずに何を観る?いつ観るんだ。(おお。笑)

おじちゃんが「無い知恵絞って」(らしい)彼のため、
この劇団のために立てた2本目のお吉芝居は、それはそれはそれは、難しい芝居でした。
私、びっくりした。鳥肌立った。そのホン・その演出、その「作品」に。

例えて言うと、「1」が大衆演劇の王道芝居…役者さんらが「このひとこの役ね」をきっちり演じ、
わかりやすくお話が展開されていくそんな「スジもの」だとすれば、
これ、「2」は「気持ちもの」だなぁ、と。…気持ちもの?

うん。ヒロイン(お吉)と相手役(鶴松)、2人の気持ち、
いや、ちゃうな、2人の、でも特にお吉の気持ち、
気持ち、内面を重視した、内面からおはなしが進んでいくような。
そんな「気持ち」という目に見えないものをカタチにし、客に見せていくおはなし、というか。

(※偉そうなことを言うていますがあくまで私の観た感想ですよ。あしからずね)

せやからさ、より、
よりよりより、個々の役者の「芝居力」、
いや、お吉の役者(つまりは座長ですね)の「芝居力」が必要とされるんちゃうか、
この座長とかそういう問題ではなく、誰がやろうとハードル高っ!な芝居なんとちゃうか。

こんなん、
大衆演劇のお芝居どころか、小劇場やとか商業演劇でも、いくつ観たことがあるかな。
それは言い過ぎかな。でもそんな風にすら思ったほど。

それをそれこそ小劇場や商業演劇やのように何日も何日も稽古するんじゃないんだもの。
数日(※たしかこれは3日くらいって言うてはったかなぁ)よ。しかも台本はないよ。
おじちゃんが頭で考え、いわゆる口立て、そう、大衆演劇の、昔ながらの、口立てよ。

そして彼は、
それをでっかい壮大なセットに負けず、演じ切った。
ウソ。ウソつきました。セットにも演出にももしかしたら負けていたかもしれません。
私は…コンジョワルな私は、どんだけ好きでも絶賛出来ないので、そない思ったりもしたのは本音。

そう、私は昼の部では、
たくさんたくさんの(ほとんど!)泣いているお客さんや泣いている出演者をしり目に、泣けなかった。泣かなかった。
なんて難しい芝居なんだろう、凄い芝居なんだろうと思ったから。

ヒロイン(座長)も、相手役も。なんてむずかしい芝居なんだ。
…そう簡単に、完全完璧なんて、きっと出来ない。その必要もないかもしれない。初演だし。
ホン(だからないけど、脳内台本)、演出、作り方、カタチ。びっくりした。まず。
…でも、だから、よけい、面白い、面白いんじゃあないか ― これから。

でも、彼…座長はこれを…演じ切った。
いや、当たり前やけどさ。ちゃうわ、演じるとかどうでもええわ、「生ききった」…ように私には見えた。

お吉として、生ききった…ように。

それでいい。それだけでいい。ううん、それがいい。ダメだけど。ダメじゃない。
これは情じゃない。私の肩入れじゃァない。

彼はこの瞬間この1時間ちょい(くらい?)、
上手いとか下手とかちんちくりんとかそんなんじゃなく、ほんまに、ほんまに「お吉」でした。

いや、あの、私も誰もほんまのお吉になんて会うたことないけれどさ。…って、そんな茶化し、いらんか。

今の彼が。今。ここで。精一杯。ものすごく。お吉やった。

それは若い、若い若い「お吉」でした。
気持ちが前に前に前にあふれ、つんのめるようで。
でも、だからこそ、私は(お客さんは…とひとくくりにするのはちょっと乱暴かな)「ウワァッ」って心掴まれた。

バカにしている訳でも、下にみている訳でもなく、
「大衆演劇の魅力」って、そういうところも(あるの言っていいの)じゃない?

上手さとかどうでもいい…いや、いいことはないけれど、うん、ないけれど、
「今」、「今」の彼、今、この状況、この小屋、
この自分この周り、このお客さんの前の我々で、「今」、
目の前の「あなた」は「あなた」いや「私」にどんなものが見せられる、魅せられる?

魅せた…気がしたんだ、彼は、彼と、皆は。何より、「気持ち」で。
彼は彼の…プラス、おじちゃんはおじちゃんの、お父ちゃんはお父ちゃんの「気持ち」で。それぞれの、「カタチ」で。

それが、びゃあ!っと飛んでくるような気がしたんだ。皆から。
いいえ、「舞台」から、お吉というひとつの芝居から、“作品”から。

内面を重視した、内面からおはなしが進んでいくような、
「気持ち」の『お吉物語2』は、まず、彼ら、皆の気持ちが、うわぁっと。

…そんなん、あかん?

私はあかんことないと思うのです。

だって、今、今の「お吉」。
それは今、今しか観られない「お吉」。
そしてこれから、私たちは、どんな「お吉」を観られる?観ていける?

…うわぁ。

これが歴史になっていくんだ。今、私たちはこの瞬間、それを観ているんだ。
舞台に現れては消えていく、生活で舞台で、そんな瞬間芸の踊り/芝居、
それでも彼らがこんなにこれだけこだわって皆が生き様をのっけてる芝居が、
教え、教えられ、継がれ、継いでいくんだって。
それを、私たちはこれから、ずっと、ずっと観ていける。受け取っていけるんだ、って。

だって、もう、数年前と比べて、数年前なら、こんなんは出来てない。
数年前と違い、立派に、「紅芝居」(プラス、4年より前はおじちゃんも居てませんしね。笑)

関東のおじちゃんが、
これもまた関東の女形師匠からご自分のカタチで継ぎ、
ずっと若い頃からやってきた女形芝居の大作、
を、当時の自分はやっていなかったけれど彼のため考え託すこんな演出あんな演出を加え、
(あの演出、このシーン、いくらでも言いたいけれど内緒。だってお芝居だから。ネタばれって最悪ですもの)

それが、この劇団で、
ああ、芝居には誰にもどこにも負けない熱いコダワリを持ったお父ちゃんの
大衆演劇らしからぬキザな演技と演出、
びっくりBGMセンス(なセンスは、さすが、継ぎはってんなぁ。BGM、うおーでした)と共に。

…あれ?じゃあ、これ、もしかして関東と九州と関西の芝居カラーの融合…とまで言うと、大袈裟、言い過ぎやな。笑

それを慕う座員さんとそれを愛するお客さんと一緒に。

その真ん中に、若い若いお吉、今は素敵なくらい若いお吉。

その初演は、彼らのホームグラウンドである博多のこの小屋で、優秀なセットで、今、こうして。
そして、どんどん、より、ええもんになっていく…生きていく。

もっと歳くったり、もっといろんな女知ったり(いや、そのあたり全くわかりませんが。笑)、
今はただ「熱と力」「気持ち」の走るお吉が、もっと、もっともっとお吉になっていき、やがてはきっと、越していく。

そう、越してや、はやく越しちゃえ、「新生紅」座長・紅大介。

越しちゃえ、関東で若くいきっていたおじちゃん…見城たかしなんて(笑)
越しちゃえ、九州で若くかっこつけていたお父ちゃん…紅あきらなんて(笑)

ええい、越せよ、いや、越すよ、きっと、君は。

なんて楽しみなんだろう!

って思ってるのは、私だけじゃなく、お客さんだけじゃなく、

当のおじちゃんも、お父ちゃんも…なんじゃぁないかしら。

なぁんてこれは推測、あくまで推測、だけど、間違ってないと思うのよ、ナントナク。

劇中のお吉は、そう、お吉だから死んでしまうけれど、
これからも舞台で何度も何度も死んでしまうけれど、

でも、お吉は、彼と彼らのお吉は、これから何度も何度も生まれ変わって、生きて生き続けていく。

そう思うと、これから、

ナ・ニ・カ、“持ってる”、ナ・ニ・カ、“憑いた”とき、「うわ!」な彼の、彼だからこその「お吉」、
しかもそんなお吉の気持ち、内面を重視した、
内面からおはなしが進んでいく『お吉物語2』(『お吉物語 完結編』)って、
これから、どないなっていくか、好きとか嫌いとかファンとか主観とかそんなの関係なしに、
気になりはしませんか?観てみたくないですか?観ていきたくないですか?

…私は、気になります。若い、若い若い「お吉」が、これからどう生きて育っていくのか。

泣けずにヤキモキしたり、そんなカワイゲのない自分が嫌やなぁとちょっと思ったり、
でも、「あー、その鶴松〜!そこ〜!」っとナマイキにも思ったりしながらも。笑

だから私、うっかり…夜はちょっとだけ、うん、ちょっとだけ泣きました。

どうしてもこの芝居が観たくて、かかると知り、かけつけてしもた私は。

おじちゃんとお父ちゃんの「今まで」に思いを馳せ、いいえ、若き彼の「これから」にワクワクして。

難しい、気持ち気持ちの「お吉物語」は、
これは私の好みや、ちょっとおじちゃんに肩入れ入ってるからではなく(多少はあるでしょうが。笑)、
完全完璧なものがのったら、ちょっと恐ろしいほど、
他のジャンルの演劇なんて…って言うてもええくらい面白い(?!)…言い過ぎやな(笑)、
「気持ち」のお芝居として、観ている人の「気持ち」を、今もだけど、もっともっと動かすだろうと思います。

そしてこれは他のどこでもなく、「今の紅」…
おじちゃん(ここでは、このときばかりはやはりまず一番にしましょう)とお父ちゃんと座長と
座員さん皆の「紅」という劇団さんの、お芝居なのだなぁ、と思います、ました。

でも、これは大衆演劇、気持ち気持ち、そして「今」「この瞬間」の大衆演劇。

でも座長、若い座長&相手役の若い花形さん、ちょっとだけ焦った方がええで。
だっておじちゃんとお父ちゃんこの日、
初演を演って、「俺が主役(&相手役)やりたい!」って気になってたみたい。きゃー。笑

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ワシはこの芝居で使われていたあの曲がこの芝居で使われていたから好き(になった)。…あ、平井堅のあれと一緒ね。笑
ほんでもってあのシーンあの演出が好き。もうちょっと、とか、あれ、とかあるけど、あれとあれが好き。
あのキャラのあの台詞と台詞回しが好き。
…出たよ、気に入った芝居はだいたいだけやけど1、2度観たらアタマに入るキモイ癖が。笑

でも、だからこそ、他のいろんな劇団のお吉をも観てみたいですね。観てみたくなりましたよ。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
「お吉物語2」、夜の部観ました。
大介座長の女形の芝居は上手だと思います。
女形がいくら綺麗でも、声がなかなか違和感ない役者は少ないと思います。
芝居の最後に出た、あきらさん渋かったですね。

お吉物語は、市川千太郎劇団で観た事があります。
ラストは違ったけれども、芝居の構成は同じだったような気がします。
とし
2011/02/11 10:48
そうそう、夜の部、同じ空間に居たのですよね。
うわぁ、思い返すも、なんだか嬉しくも悔しい。
探したらよかったぁ。(知らないのにね。笑)

女形のお芝居は見かけもだし、声もだし、
きっとこちらの想像以上に大変で、難しいのでしょうね。
大介座長はお若いのに、でも、あれだけ演じていて、
はい、ええなぁ、って思います。
好きだから、期待しすぎてしまうのかな、私。笑

あきらさんはああいう役、とてもお似合いというか
格好良いですよね。お芝居での花道がとても似合うなぁと
いつも私は思います。

千太郎座長のお吉、観たいのに、観たことないのです。
先月も逃してしまいました。
雑誌で見ちゃったからなぁ、オチ。また、機会があれば。わは。
桃♪⇒とし様
2011/02/12 04:16

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