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zoom RSS 虚実×虚無とバイタリティ -『名月赤城山』@大衆演劇-

<<   作成日時 : 2012/07/28 03:09   >>

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画像国定忠治は≪滅びの美学≫。
男の寂しさ、切なさ、やりきれなさ…
それが「舞台=生活」という
バイタリティ溢れる大衆演劇の舞台で演じられる。
「虚」と「実」が、正反対!
なのだけれど、だからこそ、
大衆演劇で『名月赤城山』を観るのはたまりません。

舞台の上では≪赤城山も今宵を限り≫!
そんなこの舞台はこの一瞬!この場限り! (※虚)

でも来月もこの場所以外のどっかの場所で演じられる。
再来月もまたどっかで演じられる!
そうして舞台を毎日務め、
彼ら大衆演劇の役者さんたちは毎日を生きてゆく! (※実)

なんて逞しいのだろう…(笑)

実はワシは数年前、
国定忠治の最期を巡って、
師匠(吉本の喜劇作家・爺先生)と言い争いをしたことがあります。

「先生、忠治は赤城山を降りたあと、どないなるんですか?」
「ええ死に方やない。アル中になって最後の方はズルズル惨めに死ぬねや」

「嘘や。そんなん嫌や」
「嫌とかいう問題やないねや。ヤクザは悪い。そういう定めなんや」

「そんなんおかしいと思うわ」
「「悪いヤツはシアワセにはならん、こうなる」っていう結末にせなあかんねや。
忠太郎(『瞼の母』)もシアワセにはならへんねや。そういうもんなんや」

ワシは気に入らず&気になって訊いたり調べたり、
とあるべテランの役者さんにも訊きました。

「忠治ってアル中で死ぬんですか?」
「アル中?うん、らしいね。それで、女と居た寝込みを捕まったんだよ」

残念ながら、ええ死に方ではありません。

寂しい。悲しい。

でも今日も、
大衆演劇の舞台では、
そんな忠治とその子分たちを、
日々舞台に生きる役者さんたちがこれ以上なくカッコいく、演じておられる。

その舞台は超「虚構」。
その舞台は超「絵」になる。

その舞台は惚れ惚れするほどナルシスティックで、
ゾクゾクするほど「男(舞台の?!)の美学」で、
だからこそ、より、もぉ、「人間臭い」。

そう思うと、忠治さんも、報われるような気がするね。
忠治さん、草場の陰で笑って、ツッコンではるかもしれないね。

そう、史実として、赤城山後の忠治は、捕まるまで8年間逃げ延びたらしいよ。
結構、しぶとくガンバったじゃん。

それってカッコよくないかもやけど、でも、格好いいじゃん。

逞しき大衆演劇という世界の好きなワシは、そんな風に感じ、
『名月赤城山』を観るたび、ゾクゾクしながらも、ニヤリとします。

そう、ワシは大衆演劇の芝居『名月赤城山』を観ると、
「忠治」とその子分たちに惚れ惚れしながら、
忠治とその子分たちを演じる「彼ら」を愛が募るのです。

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7月24日、浪速クラブ夜の部にて。

ワシはやはり、国定忠治…というもの(人)、その芝居が好きなようです。

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That’s 麗士’s 国定忠治-『名月赤城山(国定忠治)〜振り向けば夕日〜』から-
花道で。 振り返って。 おーきく目を見開いて笑ったの。 赤城山をおりる忠治が。 おりると決意し追っ手を斬る、その時に。 ニヤリっ、ギラリっ。 その目。 エっっロっっ。 That’s 麗士’s 忠治。国定麗治。 ...続きを見る
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2015/04/26 21:25

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