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zoom RSS 愛をこめて「お花」束を -綺麗で汚く、素晴らしき大衆演劇“御祝儀(おはな)論”-

<<   作成日時 : 2013/06/20 23:18   >>

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以前、ある役者さんとあるお客さんの会話を耳にしました。
お客さん「○○さんは何が欲しい?」
役者さん「お金!(即答)」
お客さん「せやね! 私らもそうやもんね!(笑)」
役者さん「ちなみに一番要らないというか困るものは生花ね。嬉しいは嬉しいんやけどね」
その正直で飾らん会話に、ワシ、思わず吹き出しながらもしみじみ唸りました。
お花、お金。
大衆演劇とは良くも悪くも切って離せない
あの綺麗で汚い憎たらしく面白いものについて、
ややこしいけど難しいけど、考えてみよう書いてみようと思います。

大衆演劇には付き物であるお花、
それはお花屋さんで売っているお花ではなく、いわゆる御祝儀の事。
あれは良くも悪くもその役者の芸・今日の芸に物凄く関わってる絶対に影響する。
あれは大衆演劇を考える上で、好きとか嫌いとかいいとか悪いとか
そんな主観ではなく、語るに欠かせない避けては通れない物だと思う。

何を隠そう、ワシが大衆演劇の舞台を観て度肝を抜かれたのもあれでした。
目の前の舞台で、役者自身の胸に帯にふつーの人が付けるあれ。
思わず笑いました。そして更に、初めて観た座長大会ではもっと笑いました。
舞台上でお札まみれになっている役者とお札まみれにする客の光景に。
あんなに綺麗な舞台にあんなにゲンジツ的で綺麗ではないものが同時に見える。
とても綺麗ととても下世話が混在している。
≪大衆演劇ってなんやろう、なんなんやろう≫
≪人間ってなんやろう。なんなんやろう≫
引き笑いしました、でも、同時に笑いながら涙も出ました。

正直、ワシはあれが凄く嫌いです。
色々解るようになった今でも、好きではありません。
だって付いた瞬間、さっきまで舞台に居た薄幸の女“お梶”は一瞬にして居なくなり、
現金を胸につけた○○座長が「あ、どうも」「舞台で仕事してますっ」ってのが見える。
夢と虚の世界に浸りたいのに、美しき虚構の世界は一瞬にして生々しいゲンジツになる。

けれどそれはワシら客の勝手でワガママな意見なんだよね。
勝手に夢見て勝手に虚構の世界で遊ぶ客の勝手な幻滅だよね。
彼らにとって舞台は仕事、ハレの夢の世界を演じ見せながら、とことんケに生きている。
毎日舞台をしながら生活をしている、舞台をすることで食うていっている。
毎日、毎月ごとに場所を替えて舞台という生活をして、「虚」を見せて「実」を生きている。

せやからこそ、大衆演劇の舞台からは≪人間≫そのものが漏れ、滲み、透けて、見える。
極彩色の美しい舞台世界で、あんなに綺麗に塗られた最強素敵なスマイルから、
生活が、人間性が、人間そのものが、
距離の近さゆえ、生活ゆえ、その人間まみれの世界ゆえ、
見たくなくても聴きたくなくても、滲み、漏れ、透けて見える。
人間というちっちゃくって面倒くさい、でも素敵な物の生きる姿が舞台にぜーんぶ現れる。

“お花”は、なんだかまるでそれを象徴するかのようにワシは思います。
お花屋さんの花でない、紙のあのリアルなお花。
あんなの無ければ、役者も客も、皆、自由になれるのに。
あんなの無ければ皆ややこしくならないのに。
けど、あれゆえに役者も客も本気で笑って本気で泣く。
他にない本気の本音の人間の面白さ素敵さが嫌ってほどに見える。
それは生花じゃなくあの紙の花、人が人に咲かさせ咲かせる汚く綺麗なお花だからこそなんだ。

先輩である大衆演劇ライターであり大衆演劇批評の第一人者の某氏によると、
昔は舞台上でのあれは無く楽屋見舞いという形だったらしく、
舞台上で付けたりされだしたのは80年頃からなのだそうです。
そうして舞台で、客の前で見える形だからこそエスカレートして今に至るようなのです。

せやけどワシには、
舞台上に燦然と輝くゲンジツ的なあれは、
エエとか悪いとかそんなんやなく、
この大衆演劇という摩訶不思議で極彩色の
とてつもなくとんでもないほど人間人間した芸、
いや、人間そのものの「生」の素敵さが
虚実ないまぜで見せられる最強エンタメの象徴に見えます。
大衆演劇の大衆演劇らしい、いや、人間の人間らしい、
見えているのに見てはいけないような、
触れてはいけないような≪テーマ≫そのものに見えます。
だから憎たらしくも滑稽にも、素敵な物と思えます。
いや、素敵って言いたくないねんけど、
でも、無くてはならぬ、最強の物やと思えます。
だからあの光景に笑い泣きする。苦笑いしたり、ツッコミ入れたり、でも、愛してしまう。
嗚呼、お花って、嗚呼、吐き気がするほどに美しく、笑えるほどに醜く、素敵。
嗚呼、とほほ、わはは、人間ってヤツぁ。そんな人間に、でも、さぁ「愛をこめて花束を」(※でも、ほどほどに)!

さて冒頭の役者さんは、別の時、ワシにこんなことも言うていました。

「ほんまはな、座長大会でも、花、付かんなら付かん方がええねん。その方が踊り1本集中して踊れるやろ?」

「(さっきの舞台)それまでだいぶ(気持ちが)入ってたやろう?
せやからお客さんが立ち上がって舞台上に来てくれはった瞬間、『あ!』って思ってんな。
『あ、お花付けに来てくれはった。今、来なかったらええのに』って。
失礼というかこんなん言うんおかしい話なんやけどな(笑)」

難しいね。素敵だね。お花って。ううん、大衆演劇って、人間って。

嗚呼、大衆演劇って人間って、とんでもないけれどとんでもないから素敵やね。




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難しいテーマです。この微妙なニュアンスがなかなか伝わらんが避けずに通れんとも思うのです。
また、もっと、ずっと、考えていこうと思います。

タイトルは、うん、Superflyの名曲からだよー。

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