桃花舞台

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zoom RSS イキイキと-桃的≪お花≫にみる≪大衆演劇≫讃歌-

<<   作成日時 : 2014/01/14 02:23   >>

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その日、ワシは凄く前の席で大衆演劇を観ました。
初めての経験でした。
面白かった。
けれどドン引きしました。
≪お花(御祝儀)≫を見て。
そう、大会だったのです。
老、若、女、女、たまに男、
付けに行く人の表情、付けられる人の表情、全て丸見え。
封筒、一枚、数枚、扇、紙袋、着物・・・いっぱい、いっぱい。
眩暈がしました。吐き気もしました。けれど目が離せませんでした。
気付けばこっそり泣いていました。いっぱいいっぱいになって・・・愛しくて。

眩暈と吐き気の理由、それはこの一言です。

「こんなもんがあるからあかんねや。」

こんなもんがあるから、だから大衆演劇は色眼鏡で見られる。
こんなに凄い身体能力舞台能力でこんなに面白い舞台をしていても、
これがある限り表舞台で正統な評価される事はかなりの確率でムズカシイ。

けれど目が離せなかった理由、それはこの一言に他ならない。

「皆ええ表情(かお)してるなぁ。」

付ける方も、付けられる方も、皆この瞬間、ほんまにええ表情(かお)してる。
ちょっと緊張してたり、真顔ではあったりするけど、どこか誇らしげとでも云うような。

だから思いました、吐きそうになりながらも笑顔で、ほんまに。

「皆…付けてる人も付けられる人も観るだけの人も、ワシも、アホやなぁ。」

舞台上には
アホなくらいに、アホなくらいの≪愛≫がいっぱい。
美しい「虚」の舞台を見せる役者さんの胸に帯に
超リアルでゲンジツ的な「実」の花を、いっぱい、いっぱいに咲かせている。
超純な気持ち、心からのまっすぐな≪愛≫が、ほんまに、めっちゃ美しく咲き誇る。
あんなゲンジツでゲンキンなキモいカタチでほんまに、めっちゃ生々しく咲く。

ワシのように、あの光景に複雑な想いを抱く人は少なくないと思います。

それは例えば“熱いファン”、いわゆるゾッコンファン、盲目ファン、
舞台の「虚」に夢を見、見続けていたい、だから「ゲンジツ」は見たくない。

またもう一方で、例えば“アタマで観るファン”、
大衆演劇は「演劇」だ、評価されるべき「芸術」だ、と過剰に思いたがるファンもあれを否定する。
あの光景は自分の理想とする大衆演劇に「ふさわしくない」と見て見えぬフリをするように思います。
しかしあのリアルでゲンジツな光景は舞台の上で否応なしに見せられる。
どんな人も意識せざるを得ない。
かくして意識するからこそ、嫌がったり、否定をしたり、
また「自分とは無関係なひと・もの」と思いたくて、思ったり。

かつてのワシは両方でした、
いや、過去形やない。
今でも冒頭に書いたように正直心中こんなに複雑。
葛藤、葛藤、いっぱいの花を目にして心もういっぱいいっぱい。

でも、考えてみよう。
お客さんは見たくない物は見て見ぬふりして、
幕が降りれば帰るとこに帰って、また好きな時に来たらいい。
でも、舞台上の彼らにとってはそれは出来ない、帰るところは舞台だけ。
彼らは舞台をすることで毎日生きている、これは生活、これは人生、生きてゆく事。
道楽でやってるんやない、お遊びやない、慈善事業でもない。
小劇場やない、商業演劇でもない、ボランティア演劇でもない。
食う為の芸、生きる為の舞台、舞台する旅、旅という人生。
嬉しい時も嫌な時もどんな時も舞台に立ち、舞台を見せることで生きている。

そんな彼らの虚実ないまぜの舞台生活をあの花はリアルに象徴します。
そんなあの花を否定し、関係ないと言い、見て見ぬふりをする、それは

「ちゃうんやない? あかんのやない?」

あの舞台の上で見せられるきらきらやけどギラギラとした「花」は「生」の象徴。
「生」…生で性で精で正で、そして聖、うん、やっぱあの「花」は良くも悪くも、≪大衆演劇≫の象徴。

ワシはそう思います、考えます。

あれがあるからメジャーになれへん? なる必要、そんな、あるんかなぁ。
あれがあるから品が無いと言われる? 品があったら、それで、エエんかなぁ。
あれがあるから人間同士がややこしくなる? それは己自身の問題でどの世界も一緒、難しいけど自分の問題。
あれがあるから、まんま見えるから、人間が人間らしくイキイキとする。
人間が、人間らしく、人間のまま、人間臭く、それがそのまま舞台に生きる。
その≪人間≫そのものが生きる舞台が≪大衆演劇≫で、これこそ≪大衆演劇≫の魅力やないかなぁ?

あの日ワシがこっそり泣いた理由、それはたぶん≪愛しさ≫みたいなもんなのだと思います。

吐き気する、つまり体が受け付けない。
けどアタマは冷静、ツッコミ入れる、考える、目が離せない。
そして思う、体は受け付けなくとも、これはゲンジツだ、見ていかなければならない、いや見たい。

だって、ほんまに面白い、ほんまに人間、だから綺麗…!

「アホやなぁ。人間って。」

「素敵やなぁ。人間って。」

画像


「全てをみてゆこう。いっぱいいっぱいになりながらも、客席から。」

ゾッコンにならず、アタマで観ず、
いや、その両方やねんから両方をちゃんと自覚しつつ、
あの愛いっぱいの世界に見合うように、
もっと懐広くもっと愛ある人間へと成長しながら
≪健やかなる時も病める時も≫、観てゆこう。
この虚実綯い交ぜの一筋縄ではいかん人間の舞台を、長〜い事、観、追っていきたい。

良ければ貴方も一緒にみぃひん?

大衆演劇には≪愛≫がいっぱい、≪人間≫がいっぱい。虚構がいっぱい、ゲンジツがいっぱい。
嗚呼もうややこしい、面倒臭い。いっぱいいっぱい、人間が咲いて、今日も舞台は花盛り。

「楽しいで!」

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長くなりましたね、お目汚し、失礼を致しました。

お花からみる大衆演劇の魅力記事、因みに以前のものはこんなんです。
愛をこめて「お花」束を -綺麗で汚く、素晴らしき大衆演劇“御祝儀(おはな)論”-
「我」 -座長大会の風景 大衆演劇の風景 人間の風景-
今宵会う人皆美しき、アホやけど皆めちゃ美しき〜第16回歳忘れ顔見世座長大会
やっぱり難しい、永遠のテーマです。
ずっと考え、ちゃんと書いてゆきたいと思うテーマです。

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HERO -大衆演劇の魅力、≪愛しさ≫、「生きていると云う事」-
どう観たって「きっちりした舞踊」ではない。 『HERO ヒーローになる時それは今』(甲斐バンド)! ご丁寧にドラムの生演奏まで付いている。 叩いているのは役者やなく劇団の身内?!だとかいうチョイ悪風オヤジ。 役者は両手で親指立ててノリノリ、御機嫌!着流し姿でディスコフィーバー! これ、ちょっと前に観た舞踊ショーでの一コマ。 ゲラゲラ笑った、眉をしかめながらツッコミながら。 舞台上も客席も凄くいい表情(かお)をしていた。 だから私は大衆演劇が嫌いじゃない。愛しくて、たまらない... ...続きを見る
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2016/04/11 04:29

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
読ませていただいて 涙が止まりませんでした

私も 虚と現実の間を 行ったり来たりしているのかなぁ〜?

役者さんは 夢をくれるけど 役者さんは お花がないと 生活が出来ない

子供の教育のために 妻子と離れている方は 生活が大変です

そして 舞台の芸や才能や美しさに関係なく お花は付けられるという現実

たまたま 良いご贔屓さんに巡り会えた方、巡り会えなかった方 それだけなのでは?


私も ぞっこんな役者さんに ささやかなお花をつけます

夢のお礼に…

どんなお礼もしたりないくらい たくさんの夢と愛をいただいているから…
紅い花
2014/01/15 01:02
想いがいっぱい溢れるコメントを拝読し、
私も胸がいっぱいになりました。
ありがとうございます。

凄く難しいテーマで
ともすれば誤解も招きかねないテーマですから
文と云う形にするのは難しい。
けれど私はただ「演劇」として表面を綺麗に書くだけでは
この世界の本当の凄さ面白さ素敵さを書き切れていないのではと思い、
こんな記事を書いてみました。し、これからも書いてみたいと思っています。
そんな何かが少しでも届いたように感じ、とても嬉しかったです。

一緒に、ずっと、ずっとずっと観てゆきましょう。
しんどいし、悩んだりすることはあるかもしれない、
けれども、ずっと。

本当にありがとうございます。
いつか、どこかでお会い出来たらいいですね。
それとも、どこか同じ空間でもう既に会っているのかなぁ。
いっぱい楽しみましょうね。いっぱい見てゆきましょうね。
桃♪⇒紅い花さま
2014/01/17 22:32

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